2020年8月4日 | 佐々木隆道 FWコーチ 就任インタビュー
■ 選手を成長させて高みへ連れていく
高校(啓光学園高校。現常翔啓光学園高校)、大学(早稲田大学)、トップリーグ(サントリー、日野)といずれのカテゴリーでも日本一を経験し、各所属チームの大黒柱として出色の活躍を見せ続けてきた名バックロー、佐々木隆道。
13キャップを数える日本代表も含め背中でチームを牽引してきた闘将は、昨シーズンをもって自らジャージーを脱ぐ決断を下した。中1でラグビーを始めて以来24年にも及ぶ現役生活に終止符を打ち、かねてから目指していた指導者の道を歩むこととなった。
その第一歩となったのが、これまで所属歴のなかったキヤノンイーグルスだ。
沢木敬介新監督とはいわば師弟関係にある佐々木隆道 新FWコーチ。その日々の奮闘ぶりをはじめ、イーグルスのFWが目指すべき姿やコーチとしての将来像などをうかがった。
(取材日:2020年7月13日)
■自分が一番成長できる場所であると同時に一番厳しい場所
──現役生活、大変お疲れ様でした。選手として長くキャリアを積み重ねてきた中で、コーチングという次なるステップはいつ頃から意識していたのでしょうか?
「漠然と『やってみたい』と思い始めたのは30歳ぐらいの時です。より現実的に考えるようになったのはサントリーから日野に移籍した時なので、4年前ですね」
──昨季は現役ラストイヤーと心に決めていたそうですが、選手として完全燃焼する一方でコーチングも並行して意識する必要のある難しいシーズンだったのではないでしょうか?
「チームを強くすることを目的にそういう意識でラグビーを見るようにはしていましたが、実際コーチになってみると準備らしい準備は全然できていませんでした。選手としてパフォーマンスを発揮することも大事でしたので。ただ、そのような意識で過ごすことができた日野での4年間はまたひとつ自分を成長させたと思っています」
──これまで接点のなかったキヤノンイーグルスがコーチングキャリアのスタート地点となりました。
「縁もゆかりもない僕を受け入れていただき、チャンスを与えてくれたイーグルスには心から感謝しています。自分が一番成長できる場所であると同時に、一番厳しい場所だと思ったのでイーグルスを選ばせてもらいました」
──これまで影響を受けたコーチはどなたでしょうか?
「中学以来ずっといい指導者に恵まれてきたので絞るのは難しいですが、やはり影響が大きかったのは清宮克幸さん(元早稲田大学・サントリー・ヤマハ発動機監督。現日本ラグビー協会副会長)とエディー・ジョーンズさん(元サントリー監督。前日本代表ヘッドコーチ。現イングランド代表ヘッドコーチ)です」
──それぞれ、どのようなことを学びましたか?
「清宮さんからはチームに芯を持たせることを学びました。たとえば、イーグルスのFWは何が武器で、どういうFWパック(群れ・かたまり)なのかといった、言い換えれば"軸"の部分ですね。エディーさんからはスタンダードを高く持つことを学びました。自分がどれだけいい準備をしてチームに還元できるのか、準備することでどういう結果につながるのか、ということを選手として感じさせてもらいました」
──今回の就任にあたっては、沢木敬介新監督にアプローチしたそうですね。
「チャンスがあればコーチをやりたいと思っていました。でも自分がやりたいと言っても選んでいただけないとできないことなので、ありがたいことです。学び倒したいですね」
──沢木監督はかつてのチームメイトであり、その後は選手とコーチという間柄でもありました。
「敬介さんからはずっとアドバイスをいただいてきましたし、移籍などの転機でも背中を押してくれました。損得勘定なしで背中を押してくれる人はなかなかいないと思いますし、そういう方だからこそ信頼しています。めっちゃ厳しいですけど(笑)、だからこそやりがいもあります」
──チーム始動後、twitterで「学ぶことだらけです」とツイートしていました。濃密な時間をお過ごしのようですね。
「まだ何一つ満足できていないので、必死に喰らいついて指導しているところです。僕がちゃんと取り組まないと選手が不幸になりますので、それだけは絶対に避けたいという思いでやっています。選手を少しでも伸ばしてチームが勝てるように、できる限りのことをやっているところです。監督がやりたいラグビーを支えられるように、プログラムの中で選手を成長させて高みへ連れていきたい。そういう意味でも責任重大だと考えています」
■日本で一番タフで強いパックになる
──イーグルスについてはもともとどういうイメージを持っていましたか?
「永友洋司GMや、以前は小野澤宏時さんが所属していたこともあってよく知った間柄で、サントリー時代から練習試合をたくさんしてきました。すごい施設もあって『うらやましいな』と思って見ていましたが、今は『これだけ素晴らしい環境だからこそ結果を出さないといけない』という思いですね」
──今回のように、新しい環境に飛び込む心境とはどのようなものでしょうか?
「僕という人間を全然知らない選手たちに対してゼロから信頼を得てチームを作っていくのと、僕をよく知っている選手たちにコーチングするのとでは、やはりコーチとしての成長曲線が違うと考えています。自分を成長させる意味でも、より厳しい環境を選びました」
──FWコーチとしてチーム始動前と始動後でどのような変化を感じていますか?
「始動前は敬介さんから宿題を渡されていましたが、始動後は朝5時台起床と生活リズムがガラッと変わりましたし、ラグビーに割く時間も違います。やることも山積みです。もちろん周りのコーチやスタッフに相談しながらですが、チームが進む方向性を自分の責任において決めていかないといけないので、責任を強く感じています」
──FW陣にはどのようなことを求めていますか?
「『イーグルスのFWが日本で一番タフで強いパックになる』ことを、これからみんなで求めていくところです。そのためにも要求は高くしています。ただ、フィットネスはまだまだ足りないですし、フィジカルもこれからです。やはりそこで勝てないと試合には勝てませんので。他にもメンタルタフネスなど、必要なことを挙げ出したらきりがないですね」
──やはり精神面でも伝えていきたいことがあるわけですね。
「なぜこのトレーニングをやるのか、自分たちがどうなりたいからやるんだ、という『なぜ』、『どうなる』の部分が一番大事なので、それをみんながわかるようにアドバイスしていきたいです。ただ与えられたノルマをクリアしていくだけでは成長が止まります。自分で考えてプランを立ててやっていく選手と何となくやっている選手では、絶対に結果が違ってきますので、そのあたりもしっかり理解してもらいたいです」
──チームを牽引するリーダーとして、新キャプテンにSO田村優選手、新バイスキャプテンにHO庭井祐輔選手が指名されました。FWはやはり庭井選手が引っ張っていくことを期待していますか?
「リーダーをするからにはそうなってほしいですし、練習の中でもそういう部分を強調してトレーニングさせたいと思っています」
──シージェイ・ファンデル・リンデ スクラムコーチとの共同作業でもあると思いますが、FWのどのようなプレーを特に伸ばしたいと考えていますか?
「セットピースの強さは絶対に必要なので、まずイーグルスのFWをラインアウト、スクラムで日本一にすることが最初のターゲットです。シージェイやマットさん(林雅人コーチング・コーディネーター)とコミュニケーションを取りながらFWの強化を進めています。まだまだ伸び代があるので、伸ばせるだけ伸ばしていきます」
──コーチ間の連携がうまく取れているようですね。
「敬介さんが示しているチームビジョンのもと、僕はFWコーチとしてイーグルスのFWが目指す姿を追い求めながら、今FWがやっていることを沢木さんと共有しています。常に何でもシェアしてチームを強くしていきたいですね」
──日々そのようにFWの強化に勤しむ一方で、ご自身が目指しているコーチ像があれば教えてください。
「やはり『ぶれない』ことです。一切ぶれることのない、人から信頼されるようなコーチになっていきたいです。そして、イーグルスのセットピースを中心に強くしていくことにこだわり続ける、つまり一つのことを極めることが大事だと考えています。結果を出すコーチに共通して言えることは、どなたもそのようなこだわりが強いということです」
■ラグビーで魅了し社会に必要とされる存在になる
──イーグルスの一員となった今、地域とチームの関係性についてはどのように考えていますか?
「ラグビーに新しい価値を加えて社会に貢献していくことが、スポーツそのものの価値を高めることになると考えています。僕も発案した『ラグッパ体操』などでそういった活動をしていますし、いいロールモデルを作って広めていきたいと思っています。ラグビーで魅了し、社会に必要とされる存在になり、ファンから憧れられる。そうなるように事を運んでいきたいです。ただ、僕の仕事はラグビーコーチなので、今はそれが一番大事な使命だと思っています」
──佐々木コーチがこれまで所属していたチームをはじめ、東京西部にトップリーグのチームが集中しています。
「キヤノンイーグルスというチームの魅力をいろいろな人に知ってもらい、地域の中でイーグルスがもっともっと象徴的な存在になっていけるようにお手伝いしたいと考えています。もし近隣の他チームと連携、協力できることがあればぜひやりたいですね」
選手を不幸にしない──。
佐々木コーチのその思いはチームマン精神そのものだ。選手の強化に対して責任を負い、自身にも選手たちにもハイレベルの要求をし続け、組織で高みを目指す。スキッパーとしても活躍してきた選手時代から長年培ってきた仲間を思い牽引する姿勢こそ、佐々木コーチの最大の強みと言えるのではないだろうか。
コーチとしてはまだ一歩目を踏み出したばかりかもしれない。しかしその歩みは力強く、チームとしても心強い。選手が幸せな思いをする瞬間まで、その歩みを止めることなく佐々木コーチは邁進し続ける。
(インタビュー&構成:齋藤 龍太郎)