「スクラムは、組めば組むほど強くなる」
まさに異色の経歴だ。リーグワンとは異なり、関東ラグビー協会が管轄・運営するリーグ、トップイーストリーグ Aグループ(昨シーズン時点。現在は同ディビジョン2)の日立サンネクサス茨城から、スクラムが自慢のPR俵啓斗が横浜キヤノンイーグルスにやってきた。
リーグのレベルとしては、リーグワン ディビジョン3よりも下位の位置づけとなるトップイーストで実力を発揮する前は、函館工業高校と国士舘大学で汗を流し、着実に成長を遂げてきた。今回のイーグルスへの移籍は、彼にとって一段と大きなステップアップと言えるだろう。
エリートコースとは一線を画したルートを歩み、今回イーグルスの門戸を叩いた24歳の若手PRは、どんな思いで移籍を果たし、これからどのように臨んでいくのか。高校から始まったラグビーキャリアを追いつつ、現在の心境を聞いた。
(取材日/9月10日)
ラグビーを始めてすぐに「楽しいな」と感じた高校時代
── 俵選手は北海道函館市のご出身ということですが、まずは函館のラグビー事情について聞かせてください。
「僕は高校(函館工業高校)からラグビーを始めました。当時の函館は競技人口がまだ多い方だったのですが、今では少なくなってしまいました。北海道のなかでも、函館のラグビーのレベルは高いわけではなく、僕の出身校も特別強いチームではありません。そういう状況でも果敢に戦い、チャレンジを続けていました」
── 高校でなぜラグビーに興味を持たれたのでしょうか?
「高校に入るまでは、兄の影響で野球をやっていたのですが、野球の楽しさや達成感を感じることはあまりありませんでした。高校入学を機に、違うスポーツをやりたいと考えて、ラグビー部に入ることにしました。身長も体重も結構あったので、最初は『体を生かして楽しめるかな』というくらいの気持ちでした」
── それでも、初めて自分の意志で始めたスポーツがラグビーだったわけですね。
「はい。ラグビーを始めてすぐに『楽しいな』と感じるようになりました。最初はあまり試合に出てなかったのですが、フィジカルが強い方だったので、コンタクトスポーツ特有のおもしろさを感じるようになり、ハマっていきました」
── やはり花園を目指していたのでしょうか?
「正直なところ、うちの高校はどちらかというと"エンジョイラグビー"だったので『ラグビーって楽しいよね』というスタンスで日々を過ごしていました。北海道選抜に選ばれるようにはなりましたが、楽しむことの方が優先順位としては上でしたね」
── 当時からPRでしたか?
「はい。今と違って3番(タイトヘッドPR)で、ポジションもルールもわからないまま試合に出てスクラムを組んでいました。もちろん、細かいことはわからなかったですが、とにかく必死で押していました」
── その後は、国士舘大学に進学され、大学でもラグビーを続けることになります。
「高校3年間ラグビーを続けて、他の部員たちよりは強い選手になることができました、ラグビー部の監督の福田彰一先生が国士舘大学の出身で、僕が『大学に行きたいです』と話をしたら国士舘に進学させていただけることになりました」
── 大学でも引き続きPRとしてプレーしたのでしょうか?
「2年のときに3番から1番(ルースヘッドPR)に転向しました。3年生になったころからしっかりとスクラムを組めるPRになり、スキルも身についてきたタイミングで監督の古田仁志先生から『社会人ラグビーはどうする? お前はラグビーを続けた方がいい』と言っていただき、特に就職活動をすることなく、社会人のラグビーチームから声がかかるのを待ちました。その結果、トップイーストリーグの日立サンネクサス茨城に入ることになりました」
スクラムを練習で組むのと試合で組むのではまったく違う
── 念願の社会人選手になったわけですね。
「前身は日立製作所のチームで、現在はそこから独立して日立市を拠点とするクラブチームとして活動しています。選手はそのスポンサー企業各社に振り分けられ、各企業の会社員として仕事をしながら活動しています」
── 俵選手の勤務先はどちらでしたか?
「ロジスティード東日本という物流の会社でした。基本的には事務員として仕事し、時々現場作業を手伝っていました。会社自体も自分の所属部署も理解のあるところだったので、定時まで働いたらほぼ残業することなくラグビーの練習をしていました。100%ラグビーに打ち込める環境だったと言えます」
── 夜間に練習していたわけですね。
「だいたい夕方6時から夜9時ごろまでやっていました。仕事も含め環境としては整備されていたのですが、勤務していた事業所が遠かった社会人2年目は生活リズムを整えるのに苦労しました。朝6時に起き、7時には家を出て8時から勤務し、練習して夜10時ごろに帰宅して、洗濯などをしていると11時になり、0時前後に就寝して、また翌朝6時起きるという生活でした」
── トップイーストリーグの社会人チームとして日々活動する過程で、もっと上のレベルでやってみたいと考えるようになったのでしょうか?
「そうですね。そもそも大学を卒業してすぐにリーグワンに行きたいと考えていたのですが、関東大学リーグ戦2部の国士舘大学からリーグワンに行くのは現実的には難しかったので、最終的にサンネクサスに行くことになりました。もしリーグワンに行けたとしてもいきなり活躍できる自信があったわけではないので、まずはトップイーストでプレーすることにしました。そこでコンスタントに先発出場できるようになり、PRとしてスクラムで強みを発揮できるようになったため、2年目に入ったところであらためてリーグワンを目指すことにしました」
── 国士舘大学でもサンネクサスでも、公式戦の出場機会が多かったことがいい効果をもたらしたのではないでしょうか?
「たしかに実戦経験をたくさん積めたことは大きかったです。スクラムは、組めば組むほど強くなりますし、練習で組むのと試合で組むのではまったく違います。リーグのレベル自体は高くなくても、公式戦でたくさんスクラムを組めたのは今思えばよかったですね」
「何もかも足りていない」段階からの挑戦
── リーグワンのなかでも、どのレベルでやりたいと考えていたのでしょうか?
「希望としては、ディビジョン2以上でやりたいと考えていたところ、さらにレベルの高いディビジョン1のイーグルスに入れることになり、プロ契約させてもらいました。キヤノンスポーツパークは、国士舘の寮の近くにあるので、実はもともと身近に感じていたチームでした。会社員時代とは違い、プロという立場になりましたので、身が締まる思いです」
── イーグルスでは早い段階から個人練習していたと聞きました。
「6月の終わりにこちらへ引っ越してきて、7月ぐらいからこのグラウンドやクラブハウスを使って個人練習をし始めていました」
── 9月から全体練習が始まりましたが、何か感じたことはありますか?
「ケガの影響でまだスクラムを組めていないのですが、外から見ていても『今までやってきたレベルとは全然違うな』と感じています。イーグルスのFWのレベルにはまだまだ達していないと思いますし、今までのチームでは外国人選手と練習をしたことがないので、練習強度に対応できるようにもっとがんばらないといけないと思っています」
── フィジカルはもちろんだと思いますが、特にどのあたりにレベルの違いを感じますか?
「選手同士の会話の内容もそうですし、真剣な姿勢もそうです。何もかもレベルが違います。全員のプロ意識が高く、常に集中しているところも、これまでの所属チームとは大きく違うなと感じています」
── イーグルスにはPR岡部崇人選手をはじめ、国内屈指のPRが揃っていますが、俵選手はどんな強みを発揮してメンバーに食い込んでいきたいですか?
「これまでもスクラムでしか力を発揮してこなかったので、イーグルスでもスクラムでのアピールを試みつつ、フィットネス、ハンドリング、ラグビーIQといったスクラム以外の要素も日々少しずつ上げていって、最終的には試合に出られる選手になりたいです」
── レオン・マクドナルド ヘッドコーチともそのような話をしたのでしょうか?
「とにかく練習強度が高いので『まずはチームに慣れて、自分のストロングポイントをしっかりとアピールして試合に出られる選手になれるようにがんばってほしい』と言ってもらいました。まずは、このイーグルスに慣れるのが最優先です。そこから強みであるスクラムやディフェンスを武器に試合に出られるようになれればと考えています」
── 先日の公開練習では、熱心なサポーターのみなさんがいらっしゃいました。
「自分も交流させていただいたのですが、みなさんから『俵選手!』と声をかけていただきました。とてもうれしかったです。地元密着型のサンネクサスでも熱心なファンの方々に応援していただいたのですが、イーグルスのサポーターのみなさんは、名前をしっかり覚えてくださるなど、より強い熱意を感じます」
── 開幕まで約3カ月です。それが徐々に近づいてくるなかで、どのように過ごしていきたいですか。
「やはり、リーグワンのレベルに対して何もかも足りていない段階なので、いろいろなことを吸収しながら選手として強くなっていければと考えています」
ストロングポイントであるスクラムに自信とこだわりを見せる一方で、自身の現在の立ち位置を冷静に分析し、「成長のために何が必要か」を見極めているPR俵啓斗。イーグルスが注力しているスクラムの強化に貢献することができれば、念願のリーグワンデビューを果たせる日が徐々に近づいてくるはずだ。
その可能性を手繰り寄せるためにも、まずはコンディションを万全にし、本来の力を発揮できる状態になるのを待ちたい。本当のチャレンジはそこから始まる。
(インタビュー・文/齋藤龍太郎)