「一貫性が自信になり、信念に変わる」
インタビューに臨む前に目撃したグラウンド各所の荒れた芝が、その日の練習の激しさを物語っていた。新たに就任したリチャード・コクリル アシスタントコーチによる、情熱がほとばしるほどの指導の跡だという。
イングランド、スコットランド、フランスの名門をコーチングし、国際レベルではイングランド代表暫定ヘッドコーチ、ジョージア代表ヘッドコーチとして手腕を振るってきた知将は、9月から横浜キヤノンイーグルスで日々熱心に選手を指導している。
日本では初めてのコーチングとなるが、その信念は世界のどんな場所であっても変わらない。イーグルスの選手を指導するにあたっての彼独自の哲学、ポリシーを聞いた。
(取材日/9月10日)
選手たちの闘争心を駆り立てるコーチング
── コクリルアシスタントコーチはFWコーチとして選手を指導しているとうかがっています。
「はい。スクラムは岡崎匡秀アシスタントコーチが担当していますが、私はFW全体を見るコーチという位置づけです。レオン・マクドナルド ヘッドコーチの指示を聞きながらスクラム、ラインアウト、モールをコーチングしています」
── 今日は芝が荒れるほど激しい練習でした。
「プレシーズン2週目の週末の今日は、いい練習ができました。どのチームもタフなトレーニングをしていると思うので、我々がたどり着きたいレベルに到達するにはよりタフな練習をする必要があります。今日はそんなトレーニングができたと言えるでしょう」
── 日本のチームを指導するのは初めてですが、イーグルスについてはどのような印象を持っていますか?
「来日前に昨シーズンの映像を見て、ボールを持ってエキサイティングなプレーをするチームだと感じました。これまでの経験を活かしながらこのチームのFWのスクラム、ラインアウト、モールを特に強化して、ボールを保持してアタックするためによりバランスのとれた強い組織にしていくことが私の役割だと考えています」
── スクラムやラインアウトがうまくいかなかったケースもありましたが、そのような映像もご覧になったのでしょうか?
「はい。改善すべき点は一貫性だと感じました。試合で勝つためには強いFWパック、強いセットピース作り上げる必要があります。いいプレーを遂行する一貫性を改善して、どのチームに対してもスクラムやラインアウト、モールで圧倒できるようにしたいと思っています。私自身もこれまで高い基準を設けて指導に臨んできましたが、イーグルスでもその基準に沿ってタフなFWパックを作り上げられるようにしていきます」
── 事前に映像を分析するなど、入念に準備をして来日されたのですね。
「様々な準備をしてきました。日本ではどのようなFWシステムが機能しているのか、どのようなトレーニングをしているのか、といったことや、これまでイーグルスが取り組んできたラインアウトのシステムを理解し、私は何を手伝えるのかを考えたうえで来日しました。ラグビーは人間関係のスポーツなので、コーチングを通じて選手たちのことを理解しながら関係性を作り上げています。そこから学ぶことも多く、今はまさにたくさんの学びを得ている最中です」
── 世界の様々なチームを指導されてきましたが、どこであってもコーチングのポリシーは変わらないわけですね。
「選手やチームを見ながら調整することはありますが、私の20数年のコーチ歴のなかで、どこでも機能するシステムの構築を続けてきました。チームの始動1日目に決めた基準も、301日目の基準もずっと一緒であるというコーチングポリシーを持っていますので、イーグルスでもそうしていきたいと考えています」
── イングランド出身のコクリル コーチにとって、ニュージーランド人が中心のコーチングチームのなかで指導していくことをどのように捉えていますか?
「私はいろいろな国の指導者たちとともにコーチングしてきましたし、当然ニュージーランド人のコーチともよく仕事してきました。それに対する対応や調整には自信を持っています。日本のラグビーはニュージーランドから強い影響を受けていますので、コーチングのしかたなどはそれに応じて変えないといけませんが、そのなかで自分のコーチとしての強みも出していきたいと考えています。レオンからこの仕事の話をもらったのは、南半球のラグビー以上にFWに注力する北半球のスタイルを求めているからだと理解していますので、私の経験を活かしてイーグルスのセットピースを強化していきたいと考えているところです」
── マクドナルド ヘッドコーチからの強い要望があっての就任だったのですね。
「彼と直接コミュニケーションを取り、対話し、そのような経緯から就任が決まりました。ヘッドコーチはレオンですが私もヘッドコーチとしてのキャリアがあるので、それを見込んで私をイーグルスに引き入れたのでしょう。様々なコーチの視点や経験値を活かしてこのチームを強くしたいと考えているのだと思います。もちろんヘッドコーチとアシスタントコーチの関係性ですので、アプローチのしかたは少し変えていきます」
── PR中野幹選手にインタビューした際に、コクリル コーチについて彼は「ものすごいパッションを持っている。言葉にも力があり『こうだ!』と言い切ってくれる。彼のようなコーチは本当に大事で、指導してもらえるのがうれしい」と話していました。
「情熱とアグレッシブさはラグビーにおいて最も重要な要素だと思っています。私も現役時代は熱を帯びたバトルが大好きで、闘争心を力に変えていました。コーチとしてもその闘争心を今の選手たちに指導していきたいと考えていますし、グラウンドでも情熱を込めた指導を意識しています。これからも選手たちの闘争心を駆り立てながらアグレッシブなマインドセットを作り上げるコーチングをしていきます」
「勝つことが好き」というより「負けるのが嫌」
── 現在の日本代表のエディー・ジョーンズ ヘッドコーチがイングランド代表のヘッドコーチを退任したあと(2022年)、コクリル コーチがその暫定ヘッドコーチとしてイングランド代表の指揮を引き継いだのは記憶に新しいところです。
「それまでの2年間はエディーの下でイングランドのFWコーチを務めていたので彼のことはよく知っていますし、いい関係性を保っています。エディーはとても厳しい人で常に高い基準を持っていますので彼と働くのは非常に大変でしたが、それこそがエディーの力だと思っています」
── コクリル コーチは昨年までジョージア代表のヘッドコーチを務め、2024年7月に日本代表に25-23で勝利を収めました。2025年11月の再戦では23-25で敗れましたが、いずれも接戦となりました。
「ジョージアは世界的に見てもフィジカルが強くそれに特化しているチームで、いい人たちが多いのが印象的でした。そこでの学びや経験が私のコーチング理念をさらに強くしてくれました。日本のプレースタイルはジョージアのそれとはまったく違うので、そこは私なりに対応しながら自分の色をどんどん出していきたいです」
── それ以前はご自身の古巣であるレスター・タイガース(プレミアシップ)で、その後はフランス・TOP14のトゥーロンやモンペリエといった名門を指導しました。
「私はスコットランドのエディンバラでもコーチングをしていたのですが、スコットランドとイングランドはよく似ている一方で、距離的にはとても近いイングランドとフランスは文化も国民性も大きく異なります。ラグビーに関してもフランスはイングランドとは違い自由なプレースタイルで、ストラクチャーなどは強く意識づけされていません。それに加えてコーチングも同様で、準備のしかたも自由でリラックスしている印象でした。そういった様々な経験やノウハウをイーグルスで活かしていきたいです」
── 選手としてはイングランド代表HOとして27キャップの実績をお持ちです。
「ラグビー人生そのものを楽しんだ期間でした。特定の試合や勝利の瞬間以上に、チームメイトとの友情や代表の環境そのものを心から楽しんでいましたね」
── 現役生活を終えた後はコーチとして長く過ごされてきましたが、現役時代から指導者になることを考えていたのでしょうか?
「そうですね。ラグビーは私の人生に多くのものをもたらしてくれたので、引退後も必ずラグビーに貢献したいという思いから『将来は絶対にコーチングをする』と決めていました。当初はボランティアでコーチを続けたいと考えていたのですが、今はこうしてプロコーチになり生活しています。夢のように素晴らしいことですが、ラグビーに対して恩返ししていきたいという思いだけは変わることなく、常に念頭に置いています」
── コーチとして一番うれしいのはどんな瞬間でしょうか?
「やはり勝つことですね。選手を成長させて勝利に導くことです。私は何よりも負けることが嫌いで、『勝つことが好き』というより『負けるのが嫌』という思いの方が強いです」
コーチもファンに対する責任をしっかりと果たしていく
── 選手としてもコーチとしても国際経験豊かなコクリル コーチですが、イーグルスの選手たちのポテンシャルについてはその観点からどのように感じていますか?
「ポテンシャルの高い選手が本当にたくさんいます。試合が始まってからは能力の見極めがさらに進むでしょう。彼らの力を最大限に引き出しながらラインアウトからのアタックとディフェンス、スクラムからのアタックとディフェンス、そのどちらも強いチームにして、イーグルスのサポーターのみなさんに『メンタルやフィジカルを100%出し切っているチームだな』という印象を持っていただきたいです」
── その戦いの舞台であるリーグワン全体についてはどのような印象をお持ちでしょうか?
「エキサイティングなリーグです。イングランドやフランスなど北半球とは違う、より速いラグビーを展開しています。観客のみなさんが心から楽しめるようなラグビーが行われていますね。ワールドクラスの選手もたくさん在籍していますので本当に特別なリーグだと感じています」
── リーグワン2025-26シーズンは、現ニュージーランド代表指揮官のデイブ・レニー ディレクターオブラグビー兼ヘッドコーチが指揮したコベルコ神戸スティーラーズが他を圧倒して優勝しました。まさにそんなリーグを代表する強豪ですが、イーグルスはそのスティーラーズに快勝しました(第12節。○38-29)。
「あの試合はイーグルスがどんなチームにも勝てる力を持っていること、そしてそれだけ大きなポテンシャルがあることを証明したゲームでした。そのポテンシャルを出し切るためには能力だけの問題ではなく、日頃のトレーニングやゲームに入る際のマインドセット、そして一貫性が大事だと考えていますので、プレシーズンの間にいかにそれを準備してチームを成長させるかが鍵になると考えています」
── 行く着くところは、最初にも指摘された「一貫性」ですね。
「その通りです。トレーニングから一貫性のあるプレーをしていればそれが自信になり、で、やがてそれが信念に変わります。もし厳しい状況に陥っても、練習でやってきたことやそれまでの習慣がすべて出て解決につながると思うので、やはり一貫性を大事にしていきたいです」
── 昨シーズン、イーグルスは10位という結果に終わりました。サポーターのみなさんも強いイーグルスの復活に期待しています。
「ファンの存在は我々が常に考えるべきことです。ラグビークラブはファンとプレーヤーの二つの要素でできていると私は考えています。コーチは頻繁に変わりますが、ファンとプレーヤーは常にそこにい続ける存在です。だからこそコーチたちもファンに対する責任をしっかりと果たさないといけないと思っています」
言葉の力と熱量に終始圧倒されたインタビューだった。イーグルスと選手たちの可能性を信じ、真剣に指導するその原動力は彼の「勝ちたい」、「負けたくない」という思いであり、愛するラグビーに対する恩返しでもある。
開幕を迎えるころ、イーグルスのFWはどれだけ成長しているだろうか。「一貫性」を重んじる彼のコーチングによる変化にぜひ注目したい。
(インタビュー・文/齋藤龍太郎)