「結果だけでなく、自分の成長にもフォーカスしたい」
伝統的にスクラムをチームの強みにしてきた東京サントリーサンゴリアスで、6シーズンもの間スクラムの最前線でチームの強化に貢献してきたタイトヘッドPR中野幹が、横浜キヤノンイーグルスを新天地に選んだ。
自身初の移籍だった。サンゴリアスのジャージー姿のイメージしかなかった中野の左胸には、今はイーグルスのエンブレムが躍っている。その決断に至った理由を聞く前に、中野のスクラム論が過熱していった。
これまで培ってきたスクラム哲学、そしてイーグルスで感じた大きなスクラムの違いとそれに対する受け止め方。常に成長を意識しながらキャリアを重ねてきたことを感じさせる中野の言葉の数々は、イーグルスに好影響をもたらす可能性を大いに感じさせるものだった。
(取材日/9月10日)
「こんなに違うものなのか」と驚いたイーグルスのスクラム
── 今シーズンの準備はいつごろから始めたのでしょうか?
「イーグルスのクラブハウスで個人練習を始めたのは8月ですが、7月から個人的に契約したジムでトレーニングしていました。まだ100%とは言えませんが、全体練習が始まるころにはある程度体が動く状態にしてスタートを切ることができました」
── 実際にイーグルスに来て感じていることがあればお願いします。
「全体練習が始まってまだ2週間しか経っていません。新しいチームメイトに囲まれながら過ごしていますが、コーチの言葉や教わる内容がこれまでと違うので、毎日新鮮だなと感じています。1週目はそれに対する戸惑いもありましたが、今週に入って少し(やるべきことが)クリアになってきました。それでも今は、たくさん飛び交っている新しい単語を理解するのに頭を使っていて体が先に動かない状態なので、まだまだ適応していく必要があります」
── サンゴリアスはリーグワンを代表する名門で、常に最新鋭のトレーニングを取り入れてきたチームだと思いますが、それでも中野選手にとって未知の領域があったわけですね。
「はい。これまではサンゴリアスのラグビーがすべてだと思って100%コミットしてきました。でもこうして外へ出たら、それがすべてではなかったと思い知らされました。イーグルスで取り組んでいるスキルやトレーニングなどの内容は、これまでとは全然違うなと、今の時点ですでに強く感じています」
── スクラムの練習も始まっているそうですね。
「すでにフルでやっています。スクラムもこれまでのものとはまったくの別物で『こんなに違うものなのか』と驚いていますが、それがまたおもしろいですね。スクラムにはある意味、正解が存在せず、チームでそれを作り上げていくものだと思っています。今やろうとしているスクラムをどんどん研ぎ澄ましていく感じです。これまでサンゴリアスで教わってきたスクラムがすべてではなく、今イーグルスで組んでいるスクラムを信じ切ればそれが正解になると思うので、それを作り上げていこうとしている最中です」
── サンゴリアスでは青木佑輔コーチ(元日本代表HO)からスクラムを指導されていたと思いますが、イーグルスの岡崎匡秀アシスタントコーチが指導するスクラムとは大きく違うということですね。
「はい。まったく違います。もちろん人(コーチや選手)が違うので当然だと思いますが、だからこそ今までの正解を当てはめようとするのをやめた方がいい、と思うようになりました。自分が見ている世界は小さく、もっといろいろな世界があるはずなので、『一回リセットしてやってみよう』という思いでスクラムに臨んでいます」
── FWを担当するリチャード・コクリル アシスタントコーチの指導についてはいかがでしょうか?
「あくまでも僕の感覚ですが、迫力のある目つきからもわかるように、ものすごいパッションを持っているコーチです。言葉にも力があり『こうだ!』と言い切ってくれます。彼のようなコーチは本当に大事だと僕は思っていますし、指導してもらえるのがうれしいです」
── これまでとはまったく違うスクラムの中心で、3番(タイトヘッドPR)として中野選手に求められる役割には変化があったのでしょうか?
「基本的には同じです。3番として相手の1番(ルースヘッドPR)と2番(HO)に挟まれながら、その間を分断していくイメージのスクラムを組むことはこれまでと変わりません。ただ、僕と味方のHOのコネクションはとても大事になってきています。また、LOの(フロントローに対する)付き方や、細かい足の運び方などを僕から求めていくことも必要です。たとえば、スクラムをどの方向に押していくのかによってみんなの向くアングルも変わってきます。相手FWの立ち位置に対して正面に立つのか、ちょっとだけずらして立つのか、だけでも変わってくるので(スクラム成功またはドミネートといった)ゴールに向けてどういうアプローチをしていくか、ということを全員で考察しながら取り組んでいるところです」
── そういう質の高い練習が、全体練習開始早々のこの時期から始まっているわけですね。
「はい。僕としては求められている仕事をまずやることを心掛けていて、そのなかで自分が『こうやったらもっとうまくできるのではないか』と思ったことについてチャレンジするようにしています。これからもその繰り返しです」
今の自分ではない自分に変わる未来が楽しみだった
── サンゴリアスからイーグルスへの移籍を決断した経緯についてうかがいます。
「東海大学を卒業してサンゴリアスに入ってから、歴代のレジェンドたちのプレーを間近で見てきました。お世話になった中村亮土さん(元日本代表CTB)をはじめ、長い間チームに貢献してきた選手たちを心からリスペクトしていますが、僕自身は今後もずっとサンゴリアスでプレーすること以上に、他の環境で今の自分ではない自分に変わる未来を楽しみにしていました。新しいコーチの下で新しい技術を求められる。そんな環境でプレーすればラグビー選手としてもっと成長でき、同時に人間としても一皮むけるのではないかと考えるようになって、最終的に移籍を決断しました。環境を変えたら自分自身も大きく変わるだろうと考えていましたし、今もそう信じています」
── それでも6シーズンも所属したサンゴリアスを離れることは簡単な決断ではなかったのではないでしょうか?
「本当に迷いましたし、悩みました。チームメイトと一緒にリーグワン優勝を目指しているシーズンの真っ最中に(来季に)、他のチームに行く決断を下すことがどうしても僕にはできませんでした。シーズンが終わった後にあらためて『自分は何を求めているのか』と考えたときに『移籍だ』という答えが出て、そのタイミングでようやく移籍を決めました」
── リーグワンの2026-27シーズンの日程が発表され、サンゴリアスとはリーグ戦で2度対戦することになりました(12月20日の第2節および来年5月1日の第17節)。
「もちろんいいプレーをしたいと思っていますが、今はまだ(古巣のサンゴリアスと対戦するのは)複雑です。(かつて仲間だった)相手にケガはしてほしくない、という思いもあります。もちろんまだ先のことなので、それまでに心境は変わってくると思います。僕は『相手を倒す』ということよりも『自分が走らないといけないときに走れているか』や『自分はこのポイントに顔を出せているか』といったことの方が大事だと思っています。どんなにキツくても、自分がやるべき仕事をできているか、ということですね。ですから相手についてどうこう考えることはほとんどありません。もし相手に勝ったとしても、自分のプレーに満足できないこともありますので、もちろん勝ち負けも大事ですがそれ以上に、自分が求めているプレーをできているかどうかが一番大事だと考えています」
見えないところの技術を高めて、相手に勝っていくのが好き
── リーグワンのトップ選手としては珍しく、高校からラグビーを始めたそうですね。
「東海大仰星(現 東海大大阪仰星)高校でラグビーを始めたのですが、ラグビーについて何もわからない状態で高校生活が始まり、3年時には試合に出て、花園(全国高校ラグビー大会)で日本一になることができました。でもそれは環境のおかげだと思っています。もちろん、僕自身も毎日新しいことを覚えながらチャレンジしていましたが、やはりレベルの高い環境でもがきながら向上を目指すのが大事なんだと思うようになりました。イーグルスという新しい環境でもそう感じながら日々を送っています」
── 東海大仰星高校、東海大学を経て入ったサンゴリアスでは、社員選手からプロ選手に転向されたと聞きました。
「最初の2年半は社員選手でした。当時は、外回りをする営業で、駿太さん(HO中村駿太。当時サンゴリアス)が僕の上司でした。仕事は、駿太さんから全部教わりました」
── 再びフロントローとしての「仕事」を一緒にすることになりますね。
「はい、久しぶりに。駿太さんはサンゴリアスでは静かな方でしたが、今はみんなに明るく声をかけるムードメーカーのような存在になっていました。変わったなと思います」
── イーグルスには他にもサンゴリアスから移籍した選手がいます。
「やはり気持ちの寄りどころになりますね。駿太さんはもちろんですが、カジさん(CTB梶村祐介)も最初に声をかけてくれましたし、土一(HO土一海人)はサンゴリアスと東海大学の後輩でもあるので、顔を見ると安心します」
── 中野選手はレオン・マクドナルド ヘッドコーチからどんなことを求められているのでしょうか?
「まずはセットピースの安定です。昨シーズンのイーグルスは、スクラムもラインアウトも全体的にうまくいかなかったと聞いていますので、それらを補強する必要があります。それに貢献するのが僕の仕事です。セットピース以外の部分では、ハンドリングのスキルの向上が求められています。なぜならイーグルスは、ハンドリングがうまくないとできないラグビーをしているからです。サンゴリアスでも、ハンドリングの練習をかなりやってきましたが、今は求められている水準がそれ以上に高く、接点の目前でそういうスキルを使うラグビーをやろうとしています。コーチ陣は、僕らがそれにアジャストできると思ってくれているので、彼らの期待に応えたいです。どんどんアタックするチームなので、僕自身も楽しみです」
── そのようなスキルにも期待していますが、やはり一番の見せ場はスクラムになりそうですね。
「試合を見ている方々からすると、スクラムでは何が行われているか正直わかりづらいと思うのですが、見えないところの技術を高めて相手に勝っていくのが、僕はすごく好きなんです。タックルも大好きですし、ラグビーをプレーすること自体が好きなので、そういうところも見ていただきたいです」
── 先日は公開練習もありましたが、イーグルスのサポーターのみなさんの印象はいかがでしたか?
「最後に『ありがとうございました!』と挨拶してすぐに引き上げてしまったので、まだ交流できていないのですが、土一からは『サンゴリアスのファンよりも熱いよ』と聞いているので楽しみです」
── まだ3カ月ほど先になりますが、開幕に向けての意気込みをお願いします。
「毎日少しずつ成長します。それに尽きますね。間違いなくタフなシーズンになると思うので、結果を残しながら、自分自身も成長し、それによってチームの文化を作ることにも貢献していきたいです。あとはケガをしないようにすることですね。ケガをせずにずっとプレーし続ける選手が一番強いと僕は思っているので、それを実現したいです。そして、試合のスタートから最後までいける(出場し続けられる)ようにしたいと考えています」
サンゴリアスが時間をかけて作り上げてきたラグビー、とりわけスクラムにフルコミットし続けてきた中野にとって、インタビュー時点でまだ2週間弱経験したに過ぎないイーグルスの練習はまさに衝撃だった。今後もおそらく、毎日がその連続となるのだろう。
慣れ親しんだ古巣を離れたのは、チームへの愛やリスペクトを上回る「成長への渇望」によるものだった。その選択が正しかったことを証明するのは中野自身だが、それが証明されたときにはイーグルスも輝かしい結果を収めているはずだ。
(インタビュー・文/齋藤龍太郎)