「100%出し切るプレーを見せる」
LOパリパリ・パーキンソン。スーパーラグビーのハイランダーズやマオリ・オールブラックス(ニュージーランドの先住民族マオリの血を引く選手によって編成される代表チーム)で活躍した実績を持ち、リーグワン ディビジョン2のNECグリーンロケッツ東葛(現JR東日本グリーンウォリアーズ東葛)でも2シーズン活躍し、その名はすでに日本のラグビーファンに広く知られている。
そんな身長204cmの長身LOが横浜キヤノンイーグルスへの移籍を決断し、キヤノンスポーツパークで汗を流す日々を送っている。巨体を生かした迫力のあるプレースタイルが持ち味、というイメージが強いが、30歳を迎えた今はただやみくもにハードワークするのではなく、多くの知識を取り入れながら効率的にトレーニングに臨んでいるという。
個性的なラグビー観、ラインアウトやスクラムでの貢献に対する熱い思い、そして移籍の裏側にあったコーチ陣との縁など、これまでのラグビーキャリアと今後について話を聞いた。
(取材日/9月7日)
移籍は2人のコーチとの縁と自身にとってのチャレンジ
── はじめに、イーグルスへの移籍を決めた経緯をお聞かせください。
「理由は二つあります。一つはコーチに対する信頼です。10年ほど前、当時(NPC=ニュージーランド州代表選手権の)タスマンを指揮していたレオン(・マクドナルド)から誘いを受け、タスマンでプレーし始めたことが私のラグビーキャリアの始まりとなりました。また、その後プレーしたハイランダーズではデーブ・ディロンコーチの薫陶を受けるなど、こうした信頼関係が今回の移籍につながりました。もう一つの理由は、自分自身にとってのチャレンジです。世界のトップ選手が大勢集まっているリーグワンのディビジョン1のレベルで優勝を目指す、そんな期待と重圧のある環境下でラグビーをしたいと考えて、移籍を決断しました」
── その2人のコーチがイーグルスで同時にコーチングを始めたことはパーキンソン選手にとって運命的だったと言えそうです。
「昨シーズン、グリーンロケッツでプレーしていたときはそこまで深く考えていませんでした。『運命』というと言葉が強いかもしれませんが、レオンやデーブと電話で話し終えた後に『ああ、なんて幸運なんだ』と思ったことはたしかですね」
── ディビジョン2からディビジョン1に環境を変えたことで、リーグとしてもチームとしてもレベルも上がります。
「スーパーラグビーからリーグワンのディビジョン2に行ったときには大きな環境の変化を感じました。もちろんグリーンロケッツはいいチームで素晴らしい選手たちが集まっていたのですが、取り巻くラグビーのレベルの変化(より高いレベルのラグビー環境)を求めての移籍となりました」
── 日本でのプレーや生活にはかなり慣れてきたと思います。今回の移籍についても特に大きな問題はないでしょうか?
「個人的には身体的な疲労度に問題を感じています。ニュージーランドと日本のラグビーでは疲労度そのものは同じくらいなのですが、スーパーラグビーは相手のサイズやフィジカル面でのダメージがある一方で、日本のラグビーはスピードに大きな違いがあり、その対応による疲労が大きいと感じます。スピード感あふれるディビジョン1のチームとの対戦経験があまりないので、正直なところその点で問題を感じる可能性はあります」
── 実際にイーグルスで練習をしてみて、どう感じていますか?
「とても楽しんでいます。私は新しいアタックシェイプやラインアウトコールなど新たなノウハウを学ぶことに楽しさを感じる人間なので、こうした学びによって毎日が充実しています。ラインアウトに関しては、実際のプレーだけでなく知識も吸収しています。たとえば、ラインアウトジャンパーとして、ジャンプしたり着地する際のひざや関節への負担を軽減するために、限られた練習回数で体得する方法を自宅のリビングなどで(着地のしかたなどを)考えながら生活しています。準備の段階ですべてがクリアになるように、こうした努力を怠らないようにしています」
── コーチ陣からはどんなことを期待されているのでしょうか?
「私の一番の役割は、セットピースの安定に貢献することです。ラインアウトはもちろんですが、スクラムに関しても技術的なこと以上にできる限り強くフロントローを肩で押すことを心掛けています」
── 全体練習が始まって間もない時期ですが、実際に成長を感じていますか?
「アタックとディフェンス、どちらの面でも成長を感じています。特に、アタックにおいてはこれまで直感的にプレーすることが多かったのですが、今はいろいろなことを学んで『考えながらプレーする』ことが自分自身の成長につながっていると感じています。フィジカルとメンタルの両方に負担がかかる毎日ではありますが、本当に楽しいですし、プロとしてしっかりと仕事できているという実感もあって満足しています」
── 9月12日に30歳の誕生日を迎えますが、体や心境の面での変化はありますか?
「10年前とは疲労回復のスピードに変化を感じています。今では回復することにも重きを置いていて、以前はまったく入らなかったアイスバスに入るなど、次への準備のしかたにも工夫を凝らしています。ここ(キヤノンスポーツパーク)には、リカバリーのための環境がすべて整っていますのでありがたいですね」
競技を問わず大きな成功を収めてきたプロ選手をリスペクト
── ラグビーを始めた当時のことを聞かせてください。
「ラグビーは幼少期からプレーしていたのですが、当時は野原で走り回るような "草ラグビー"でした。しっかりとしたラグビーを始めたのは15歳からで、プロになろうと決意したのもその頃でした。その前にバレーボールの全国大会でプレーしていた頃は、『プロのスポーツ選手になりたい』と考えていました。当時から身長が今と同じくらいあったので、ブロックやスパイクは得意でしたが、ニュージーランドにはバレーボールのプロリーグはありませんでした。最も大きなプロリーグは当然ラグビーだったので、ラグビーの選手になることを志しました。最終的に選んだのはラグビーでしたが、バレーボールで全国大会に出場したことがプロ選手を目指すきっかけになりました」
── ターゲットはスーパーラグビープレーヤーになることだったのでしょうか?
「私はこれという目標を持たないタイプの人間で、とにかく『やってみよう』という精神でこれまで生きてきました。当時のバレーボールもラグビーに対してもそうでしたし、その精神が今につながっていると考えています」
── ロールモデルとなったラグビー選手も特にいなかった、ということですか?
「はい。正直なところ『この人が目標』というラグビー選手はいなかったのですが、黄金時代を築いたプロボクサー、特にモハメド・アリやジョージ・フォアマンに強い憧れを抱いていました。また、アメリカンフットボールのトム・ブレイディ、バスケットボールのマイケル・ジョーダン、サーフィンのケリー・スレーターなど、競技を問わず大きな成功を収めてきた選手をリスペクトしています」
── そんな思いを抱きながら、プロのラグビー選手を目指すことになります。
「クルセイダーズのアカデミーに所属していた2017年、プレシーズンにクライストチャーチからネルソン(タスマンの本拠地の一つ)に帰るバスに乗っていたとき、ハイランダーズの関係者から突然『君に興味がある』という電話がかかってきました。そのときに初めて『私はプロラグビー選手になるんだ』という実感が湧いてきました。あの電話は一生の思い出です。クルセイダーズの選手たち、とりわけキアラン・リードやサム・ホワイトロックといった名選手たちは雲の上のような存在で、彼らの背中を追うにしてもあまりにも差がありすぎて自分の力が通用するという実感を練習で得ることはできませんでした。しかし、その電話をもらったことによって『他の人も見てくれていたんだ』と知り、プロラグビー選手になれるという自信につながりました」
── その翌年、2018年からハイランダーズでプレーし始めた当初のプロ選手としての実感はいかがでしたか?
「当時の私は、チームの練習のためにいるような選手でしたが、そんな立場だからこそ最初は衝撃の連続でした。プロとしての準備やトレーニングの段階でいかに努力する必要があるか、ということを思い知りました。その経験が今の自分の基盤になっていますので、極めて貴重な経験でした。そこから徐々にプロとしての意識が形成されていきました」
── ハイランダーズでの活躍が認められ、同年にはマオリ・オールブラックスに選ばれました。
「友達からのメッセージで初めて選出されたことを知りました。当時は自分の目の前のことに必死で、国際レベルでプレーすることなどはまったく意識していなかったのですが、小さな田舎町の出身の私にとっては本当に光栄なことでした。しばらくは実感が湧かず、冷静に受け止めていると自覚していたのですが、初めての試合でハカ(ティマタンガ)を踊ったときに一気に情熱がこみ上げてきて、人生観が変わるほどの衝撃を受けました。試合中は自分の責任や役割のことだけを考えていましたので、マオリとしての誇りを感じる余裕はありませんでしたが、試合後に『パーキンソン』と刻まれたネームプレートを見て一族を代表しているということに誇りを感じました」
ともにプレーしたり、対戦することによって多くのことを学んできた
── ある日本のテレビ番組で、空港にいたパーキンソン選手が直撃取材された様子が放送されました。
「妻と子どもの来日を空港で待っていて、ターミナルを間違えて移動しようとしたら突然インタビューされました。後日、日本人とのハーフのいとこから『テレビに出ているよ。何これ』と言われました(笑)」
── 「パリパリ・パーキンソン」というお名前がラグビーのファン層以外にも広く知られるきっかけになりました。日本人にとっても非常に覚えやすいお名前ですが、これもマオリ語でしょうか? また、どのような意味合いがあるのでしょうか?
「由来はシンプルです。マオリの人々が住んでいる地域、という意味の『パー』というマオリ語があるのですが、私が生まれ育ったパーが『パリパリ』という名称だったのでそれがそのまま自分の名前になりました。日本のみなさんにも覚えてもらいやすい名前らしく、市役所に行ったときにパリパリを『クリスピー』と翻訳されたことがあって(笑)衝撃を受けました」
── すっかり日本になじんできたと思いますが、応援してくださるサポーターのみなさんにはどんなプレーを見せたいですか?
「すべてを完璧にやり遂げる、とは言いません。でもとにかくハードワークとエフォート(努力)を惜しまず、100%出し切るプレーをお見せしたいと思っています」
── ハイランダーズでともに過ごしたFL/NO.8ビリー・ハーモン選手と再び一緒にプレーすることになりますね。
「はい。できれば私が褒めていることを彼に知られたくないのですが(笑)、本当に強烈な選手です。自分の責任をしっかりと果たす信頼できる存在なので、また試合で一緒にプレーできるのが楽しみです。彼がクルセイダーズにいたときは対戦相手として苦しめられていましたので、今は味方でいてくれることに感謝しています」
── 他のニュージーランドの名選手たちも追ってイーグルスに合流する予定です。
「まだ来日前なので実感が湧いていませんが、とても楽しみです。特に、LO/FL/NO.8サミペニ・フィナウは、初対戦したときに私が人生で初めてぶちのめされた選手です。私はともにプレーしたり、対戦することによって多くのことを学んできた人間なので、彼らはもちろんのこと、CTBジェシー・クリエル選手と一緒に戦うことができる日を心待ちにしています」
場を和ませるトークを織り交ぜながら、その半生とラグビー選手としてのポリシーを語ってくれたLOパリパリ・パーキンソンは、新たな環境でラグビーを心から楽しんでいる。それが言葉だけでなく、表情や醸し出す雰囲気から強く伝わってくる、そんなインタビューだった。
親しみやすい「パリパリ」という名が試合会場で連呼される日も近いはずだ。
(インタビュー・文/齋藤龍太郎)