■常に高いパフォーマンスを自分に求め続けたい
日本代表、サンウルブズの「10番」を背負った国内屈指のSO、小倉順平がキヤノンイーグルスの門を叩いた。
NTTコミュニケーションズシャイニングアークス(以下NTTコム)で5シーズン活躍し、トップリーグ2020シーズン途中でチームを去ると、時を同じくして開催されていたスーパーラグビーで参戦ラストイヤーを迎えていたサンウルブズと契約した。だが、世界を襲ったコロナ禍の影響でスーパーラグビーも打ち切られ、その後サンウルブズの活動も終了。さらなるトップリーグでの活躍と自身の成長のために新天地を求め、イーグルスとの契約に至った。
取材当日、キヤノンスポーツパークを訪ねると練習終了後のグラウンドにライバル田村優と談笑する小倉の姿があった。充実ぶりがうかがえるその表情の理由は、インタビューを進めていくうちに明らかになっていった。
(取材日:2020年7月27日)
■さらにひと伸び、ふた伸びできるチームだと感じた
──はじめにイーグルスへ移籍した理由、動機をお願いします。
「今年はサンウルブズでプレーしていましたがシーズン中断となり、それ以降は『いつ再開するのだろうか』と思いながらずっと個人でトレーニングを続けていました。サンウルブズの解散が決まる頃からどのトップリーグチームと交渉するかという話になったのですが、その中でもイーグルスは非常にいい環境で、(田村)優さんをはじめいい選手がいること、しかもサンウルブズで指導を受けた沢木さんが監督に就任することもあって、自分がさらにひと伸び、ふた伸びできるチームだと感じてイーグルスへの移籍を決断しました」
──選手としてさらに成長したいということですね。
「はい。もっともっと吸収したいという思いでいっぱいです。移籍した今、やはり吸収するものが多いな、自分の知らないことを学べる場だな、と強く感じています」
──移籍前のNTTコムでの5シーズンは、ご自身にとってどのような年月でしたか?
「社会人1、2年目にキックなどのスキルについて本格的に学び、スキルはもちろんラグビーの考え方自体もガラッと変わった5シーズンでした。キックひとつ取ってもそれまで専門的に教わったことがなく独学でやっていたのですが、理論を身につけた上でキックを蹴ることができるようになったことは大きいですね。もちろん感謝していますし、あらためて成長を実感しています」
──NTTコムの一員として幾度も対戦してきたイーグルスについては、もともとどのようなイメージを持っていましたか?
「正直なところ、すごく特徴があるチームだとは感じていませんでした。イーグルスはこれまで監督が頻繁に交代していますが、監督が代われば戦術も当然変わります。今回、沢木さんが監督になってチームをどう組み立てていくのか、そして選手のみんなもしっかり考えを持った上でどれだけコミットできるか。それがすごく大事だと思っています」
──移籍発表時のコメントに「尊敬する沢木監督」という一文がありました。やはりサンウルブズでそのように感じたのでしょうか?
「はい。沢木さんはラグビーに対してしっかりとした考え方を持っています。そして常に新しいもの、自分に足りないものをグラウンド上で指摘してくれます。今まで修正すべき点をグラウンド上でフィードバックし続けてくれるコーチはいませんでした。その場で指摘してもらえればその日のうちに修正できるので、自分にとってはすごく新鮮ですし大きいですね。サンウルブズではもちろん、イーグルスに来てからもそう感じています」
──短い活動期間となってしまったサンウルブズでしたが、収穫は多かったでしょうか?
「ハリケーンズ戦に先発出場したのですが、何もできずに終わりました(62-15でサンウルブズの敗戦)。外国人選手中心のチームでしたが、その中でももっとしっかりコミュニケーションを取るべきだったと思いますし、スキルも全然足りていないと痛感しました。もしサンウルブズに行っていなければそのようなことは何も感じていなかったと思いますので、ある意味では収穫と言えると思います」
■優さんたちと一緒に練習して、共にどう上がっていくか
──現在の練習はほぼ午前中のみですが、内容は濃くハードだそうですね。
「はい。日々楽しんでいます。短い時間の中でいかにハードワークできるか。それをグラウンド上でずっと言い続けていますし、選手としてそれをどれだけ遂行できるかが大事だとみんな重々理解しています。全員がタフチョイス、つまりキツい時にキツい選択をして、いかに精度の高いプレーができるか。それができるようになるために声をかけ続けるのが自分の仕事だと思っています。そのためには自分が一番走れるようにならないといけないですし、周りにいい影響を与えられる選手にならなければだめだと思っています」
──その他、チーム始動後の数週間で気づいた個人的な課題があれば教えてください。
「ボールを持ってから離すタイミングなど、細かいことですね。あとは悪い癖を直すことです。今はスペースに向けてアタックするように常に言われているのですが、これまでの癖でどうしてもスペースではなく相手に向かってしまうのです。BKは毎日の練習でそういった小さいところを意識していて、上手くできている時とできていない時をグラウンド上にいる選手たちで指摘し合いフィードバックしています」
──移籍発表時には「田村選手とプレーすることが自分の成長に繋がる」というコメントも残されています。田村優選手はSOのライバルとなりますが、すでにポジション争いを意識しているのでしょうか?
「いえ、全然意識していません。今は優さんたちと一緒に練習して、ともにどう上がっていくか、という考えの方が強いです。上手いのはもちろん優さんの方なので、学べるところは学んで、でも自分のスタイルは崩さずに、というイメージで日々過ごしています」
──このインタビューの前の練習では、田村選手とよく話していましたね。
「毎日たくさん会話しています。主に練習内容や個人のスキルなどについて話していますね。優さんとは一時期、日本代表で重なった時ぐらいしか面識がなかったのですが、今は何でも率直に話すことができます。自分に足りないものを指摘してくれますし、逆に自分が見て感じたことははっきり言える、そんな関係です」
──ハーフ団としてコンビを組むことが多くなりそうな田中史朗選手もいます。
「フミさんはフミさんでしっかり考え方を持っていて、常にチームに話しかけていい影響を与えていますので、自分もフミさんに負けじとチームにいい影響を与えられるようにならなければ、と思っています」
──ライバルと争う上でアピールしていきたいご自身の強みを教えてください。
「これまでは走って抜くプレーを得意としてきた自覚があるのですが、今はそれよりも安定感を重視しています。上手いSOは常にプレーが安定していますが、監督に『この選手は常にこれぐらいのパフォーマンスを見せてくれる』と評価される選手にならないと次のステップに上がることはできません。まだまだ出来、不出来の波があるので、それがない選手になりたいですね。常に高いパフォーマンスを自分に求め続けたいです」
──安定感のあるSOは心強い存在です。
「常に100点のプレーをし続けることはできません。もちろんそうするのがベストなので少しでも100点に近づけるよう努めるのは当然のことなのですが、それでも80分間いつも100点のプレー選択をし続けられる選手はいません。SOは特にボールタッチが多いポジションですから、自分としてはとにかく"大きなミスをしない"ことを心懸けています」
■ファンあってのスポーツだと今こそ強く感じる
──イーグルスの拠点である町田市のすぐ隣、八王子市ご出身だそうですね。
「一気に地元に近づきました(笑)。町田市は高校(神奈川県の桐蔭学園高校)時代に経由していた街です。そこまでなじみ深いスポットがあるわけではないのですが、地元に帰ってきたような感覚はあります」
──地元が近いと安心しますね。プレー環境が変わってもストレスなどはないですか?
「まったくないですね。毎日すごく楽しいです」
──故郷に近い新天地で、新たな小倉選手のファンが生まれそうです。
「今はこのような状況ですのでファンの方と交流することはできないのですが、コロナ禍が落ち着いたらグラウンドに気軽に来ていただけるような環境作りをすることが大事だと考えています。やはりファンあってのスポーツなんだなと、今だからこそ強く感じています」
──ファンから見てもさらに魅力的なチームになるために、イーグルスは今どのような取り組みをしているのでしょうか?
「チームが始動した今は"意識付け"に取り組んでいます。例えば、どんな状況でも常に声を出すこと、オフサイドなどのミスをしない、といった最低限の部分が今まではできていなかったと聞いています。ですから、まずは全員がそういった意識を共有し、課題をクリアできるようになって初めて次のステップへ行けるようになると思っています」
──来シーズンの詳細は未定ですが、なかなか先が見えないことでモチベーションの維持が難しくなる、などといった問題はないでしょうか?
「ありません。常に上を見ていますので」
──最後に、イーグルスにコミットすること以外に、小倉選手個人としての中長期的な目標を聞かせてください。
「もちろん日本代表を目指しています。そのためには、今は練習メニューが限られていますので取り組めていませんが、コンタクトの向上は絶対条件です。そして繰り返しになりますが、やはり波がなく常に高いパフォーマンスができるようになることを目標に据えています」
出来、不出来の波がある──。観戦者の目には必ずしもそうは映らないが、日本で屈指のSOの自己評価は極めて厳しい。やはり「常に高いパフォーマンスを自分に求め続ける」ためにはそれくらいの基準、視座が必要なのだろう。
敬愛する沢木敬介監督、最強のライバル田村優をはじめとするチームメイトたちとともに、小倉順平は早くも馴染み始めた新天地でひたすら高みを目指し続ける。
「毎日楽しい」と笑顔で語る小倉の日々の研鑽が、イーグルスのさらなる進化につながることは疑いようもない。そして同時に、虎視眈々と狙う日本代表復帰への道も自ずと拓けてくるはずだ。
(インタビュー&構成:斎藤龍太郎)