ラグビー選手としてもう一段階上に行ける
ハードタックルと鋭いジャッカルを武器にリーグワンの舞台で活躍してきた国内屈指のオープンサイドFLが、横浜キヤノンイーグルスへの移籍を決断した。世界的バックローが揃うトヨタヴェルブリッツでしのぎを削ってきたFL古川聖人。思い切って環境を変え、さらなる成長を目指す27歳だ。
日本代表3キャップ、キャプテン経験も豊富な名手が新天地で目指すものとは。これまで接点がなかった沢木敬介監督のもとでのプレーを決意した理由とは。9月25日の公開練習後に話を聞いた。
■選手は試合に出てこそ価値がある
──東京での生活はいかがですか?
「初めての東京での生活になりますが、まだ慣れないですね(笑)。練習、トレーニング中心の日々なので特に問題はないのですが」
──イーグルスではいつ頃から活動を始めていたのでしょうか?
「6月中旬頃からですね。チームトレーニングはまだでしたが(昨シーズン終了後の)早い段階からこのクラブハウスを使って個人的にトレーニングしていました」
──トヨタヴェルブリッツからの移籍となりましたが、イーグルスへの移籍を決断した理由をお願いします。
「自分の可能性を広げたいと考えたからです。やはりラグビーの選手は試合に出てこそ、その価値があると思っています。もちろんヴェルブリッツでも試合には出させてもらってはいたのですが、僕のプレースタイルには偏りがあり、自分のスタイルが合うかどうかは所属するチームによって変わってきます。そう考えた時に、自分の可能性をもっと引き出せるチーム、環境を外に求めたいと考えて、移籍を決断しました」
──入団発表時のコメントに「沢木監督の指導を受けることが、選手として1番成長できる」とありました。
「外からイーグルスを見ているとどんどん強くなっていましたし、選手たちが成長していると感じました。今まで沢木監督との接点はなかったのですが、(立命館大学の先輩にあたる)嶋田直人さんをはじめとする日本人のFLに対する考え方が、沢木さんは(他チームの)外国人指導者とは違うなと感じていましたし、自分としてもイーグルスのラグビーが一番成長できるだろうと考えました」
──その沢木監督からはどんなことを期待されているのでしょうか?
「自分のストロングポイントであるタックルとジャッカルに期待していただいていますが、より磨きをかける必要があります。沢木監督にも『そこを磨いて試合に活かしていきたい』という話をしました」
──イーグルスの練習に関して、これまでとの違いを感じている点があれば教えてください。
「たとえば走ること一つをとってもただ走るのではなく、より頭を使う練習に取り組み、より詳細を詰める練習ができていると感じています。ただハードワークするわけではなく、常に頭を使いながらトレーニングしています。そのような細かい取り組みによって、ラグビー選手としてもう一段階上に行けるのではないかと考えています」
■絶対にイーグルスに勝って移籍したいと思っていた
──イーグルスとヴェルブリッツの対戦で印象深いのは、4月27日の昨シーズン第15節、31-35でヴェルブリッツがラストプレーで逆転勝利した試合です。
「イーグルスは本当にタフなチームで、簡単に勝てるチームではないというイメージがずっとありました。その試合もそうでしたが、イーグルスはどこから何をしてくるのかわからないので、80分間常に気を抜けませんでした。ヴェルブリッツとしてはいい形でシーズンを締めくくりたいという思いがあったので、逆転勝利できてよかったです」
──古川選手ご自身のパフォーマンスはどうでしたか?
「自分の仕事であるジャッカル、タックルを決めようと後半(19分)から入りました。そしてジャッカルに成功し、チームとして最後に攻める時間も多くなりました。
その時点で移籍は決まっていましたので、僕個人としては『絶対に勝ってからイーグルスへ行こう』という思いがありました。また、5年間育ててもらったヴェルブリッツでの最後のホストゲームだったので、支えていただいたファンのみなさんにいい結果を届けられるよう一生懸命プレーし、何が何でも勝ちたいと思っていました」
──そんなヴェルブリッツから移籍し、今日はイーグルスファンのみなさんの前での練習となりました。
「ウェルカムな雰囲気で迎えていただき、また『期待しているよ』という声をたくさんかけていただき、本当にありがたいです。そういったファンの方々の期待に応えられるように1試合でも多く出場したいという思いがありますし、もし試合に出られなくても自分も持っているものを少しでもチームのために還元できたらいいなと考えています」
──イーグルスはFL嶋田直人選手やHO庭井祐輔選手をはじめ立命館大学出身の選手が多いですが、もともと接点のあった選手は他にもいますか?
「カジさん(CTB梶村祐介選手)とイワ(PR祝原涼介選手)ですね。
大学時代にニュージーランドに留学したのですが、カジさんとは留学先が一緒で、そこで初めて会って仲良くなり、その後は日本代表でもプレーしましたし、一緒にしんどい思いもしてきました。イーグルスに移籍する時もカジさんとはいろいろな話をしました。
イワはU17とU20の日本代表で一緒でした。お互い福岡県出身なので小学生の時点で会話していました。
同時に移籍してきた南さん(PR南友紀選手)とは立命館大学で重なっています。南さんが4回生の時、僕は1回生でした。
あとはコウキさん(SH荒井康植選手)が同じ鞘ヶ谷ラグビースクール出身です。中学では入れ違いになりましたので一緒にプレーはしていませんが、小学生の頃からコウキさんのことはもちろん知っていました」
──梶村選手とは2022年6月25日の日本代表vsウルグアイ代表戦でともに出場しました。
「そうですね。そして地元(福岡県北九州市。ミクニワールドスタジアム北九州)での試合だったので、特別な日本代表戦でした」
──4歳での時にお父様とお兄様の影響でラグビーを始めたそうですね。兄のSH古川浩太郎選手は昨シーズン、日野レッドドルフィンズから日本製鉄釜石シーウェイブスへ移籍されました。
「今でもラグビーの話をしますし、ヴェルブリッツとレッドドルフィンズは定期戦があるので、対戦したことがあります。父は新日鉄八幡のSHでした。常にラグビーが身近にある環境で育ち、今があります」
■ポジション争いに臆することなくやっていける
──ヴェルブリッツでもポジション争いは激しかったと思いますが、イーグルスにも優れたバックローが揃っています。今の状況をどう捉えていますか?
「ヴェルブリッツのバックローの中でポジション争いしてきたことは自分の中で自信につながっています。キアラン・リード選手(元ニュージーランド代表キャプテン・NO.8)、マイケル・フーパー選手(元オーストラリア代表キャプテン・FL)、ピーターステフ・デュトイ選手(現南アフリカ代表FL)、姫野和樹選手(現日本代表FL/NO.8)といった世界的なメンバーと同時にプレーした選手は世界でも何人かしかいないと思います。
ですから、今回こうして移籍してきてもポジション争いに臆することなくやっていける、というマインドを持っていますし、何よりもしっかり自分の仕事をやり切る、自分のパフォーマンスをする、という気持ちはより強くなったと思います」
──世界屈指のオープンサイドFLであるマイケル・フーパー選手の影響が特に大きかったと聞きました。
「体は僕とほぼ同じサイズなのですが、そこまで大きくない体でどういうマインドを持ってプレーしているか、どういうテクニックを駆使しているか、などといったいろいろなことを彼から学びました。僕が中学生、高校生くらいの時からずっと見ていた選手だったので、まさかそんな憧れの選手と一緒にラグビーができるとは思っていませんでしたが、一緒にやったからこそ自分の可能性を感じることができましたし、自分はここでは負けていない、逆にここはまだまだ足りていない。と一緒にプレーしたからこそわかることがありました」
──ヴェルブリッツの大黒柱、姫野選手からは移籍にあたってはなむけの言葉はありましたか?
「ヒメさんからは『本当にいい選択で、可能性を広げるチャンスだと思うから応援しているよ』と言ってもらいました」
──そのような貴重な経験に加えて、これまであらゆるカテゴリーでキャプテンを務めてきた古川選手としては、イーグルスに対して今どういう貢献ができていると感じていますか?
「まだ移籍間もないのでリーダーシップに関しては貢献できているとは言い切れません。ただ、それこそフーパーたちと一緒にやってきて得たタックルやジャッカルなどは、同じFLの選手たちとスキルをシェアして自分も含めみんなでよくなっていく、というところでは少し貢献できているのではないかと思っています。
沢木監督からも『思ったことは遠慮せずに発言して』と言ってもらっていますし、リーダーシップの面でも少なからず期待していただいていると思います」
──チームになじんで公式戦で活躍すれば、日本代表への返り咲きも見えてきます。
「今はイーグルスでしっかりと結果を出すことが大事です。あくまでジャパンはその先にあるものです。まずはこのチームで自分の価値を示し、パフォーマンスを発揮して貢献していくことが第一だと考えています」
──得意とされているタックルやジャッカルとは逆に、もっとここを伸ばさないといけないという課題はあるでしょうか?
「イーグルスのラグビーをする以上はアタックで頭とスキルを使っていく必要がありますが、そこはまだまだだと感じていますので、もっと慣れていかないといけないと思っています。優さん(SO田村優選手)のようにスキルレベルが高くて経験のある選手に合わせてしっかりアタックできるようになっていかないといけないので、これからも学んでいきたいと思います」
──開幕まであと3ヶ月ですが(取材日時点)、やはりターゲットは開幕戦先発、というところでしょうか?
「そうですね。僕は7番(先発オープンサイドFL)にこだわっています。昨シーズンまでは主に嶋田さんが付けていた番号ですが、他の選手たちと7番を争うとともにお互い高めていきたい、という思いが強いです。
競争力がないとお互いを高め合えないものですし、刺激し合って一緒にいい選手になっていくというプロセスはチームに必要なことです。どの選手もそういうマインドで取り組んでいると思います。
もちろんプレッシャーもありますが、こうして移籍して、外に出て初めてわかることを経験しながら、引き続きやっていきたいと思います」
──ラグビーワールドカップ連覇に大きく貢献した南アフリカ代表のSHファフ・デクラーク選手とCTBジェシー・クリエル選手が開幕前に合流する予定です。ポジションは違いますが、何か学びたいことはあるでしょうか?
「ヴェルブリッツにはピーター(ステフ・デュトイ選手も)がいて、以前はウィリー(・ルルー選手)もいました。ウィリーは元イーグルスで、ジェシー選手とはとても仲がいいと聞いています。彼らが持っているチャンピオンチームのマインドやアティチュード(態度・姿勢)、ラグビーとの向き合い方を近くで学べればと考えています」
──公式戦はもちろん全て大事な試合になりますが、やはり2月1日(土)の第6節と3月30日(日)の第12節のヴェルブリッツとの2試合は特別な対戦になりそうですね。
「はい。100%、あるいは120%の思いでぶつかっていきたいです。もちろん他のチームとの試合もそうなのですが、より持っている力を出して自分の成長をしっかりと見せつけたいと思います」
さらに成長した自分の姿を、育ててくれたヴェルブリッツに見せたい。古川選手のプレイヤーとしてのステップアップは、古巣への恩返しにもなる。同時に、悲願の初優勝を目指すイーグルスの快進撃の原動力にもなるだろう。
持ち前のタックル、ジャッカルに加えて、アタック面のスキルにさらに磨きをかけ、チームにアジャストしていく。そんな姿が開幕から見られるよう期待したい。
(取材・文/齋藤龍太郎)