「これからも『あの人とラグビーをやりたい』と思ってもらえるコーチに」

トップリーグラストイヤーの1シーズンと、リーグワン創設からの4シーズン。時代の変わり目となった5シーズンの間に横浜キヤノンイーグルスに大きな変革をもたらし、勝てるチームへと成長させた沢木敬介監督が、リーグワン2024-25シーズン終了をもって退任することになった。
沢木監督を追うようにイーグルスへ移籍してきた選手は多く、もちろん生え抜きの選手たちも、外国出身選手たち、公式戦のメンバー入りを果たせなかった「ライザーズ」の選手たちも含め、全員がそのコーチングの下で成長し続けたことで、昨季まで2シーズン連続でプレーオフトーナメント進出を果たすなどチームは飛躍を遂げた。
それだけに、2024-25シーズンはリーグ8位でプレーオフ進出ならず、という思いもよらない結果となり、イーグルスのサポーターの方々も、選手も、そして沢木監督自身も、誰もが不本意だと感じたシーズンと言えるだろう。
横浜キヤノンイーグルスの監督としては最後となるインタビューは、チームのシーズンの締めくくるとなる納会の直前に行われた。沢木監督はいつも通りクールな面持ちで、冷静に今シーズンを振り返った。
■「いい準備ができた」の判断材料は試合結果しかない

──イーグルスは8位という順位でシーズンを終えました。
「日頃からしっかりと練習に取り組んできましたが、どのチームも強化が進んでいるなかで、接戦を勝ち切れないケースが何度もありました。試合後の記者会見でも繰り返してきましたが、自分たちの悪いパターンをいつまでも改善できなかった、その結果だと思っています」
──選手からは「毎節いい準備ができているの、にそれをグラウンドで表現できない」という話が多く聞かれました。
「何をもっていい準備ができたか、ですね。その判断材料は結局のところ試合結果しかありません」
──選手ももどかしい思いをしてきたと思いますが、監督やコーチはどのように修正を試みてきたのでしょうか?
「イーグルスの選手たちはポジティブな方向に持っていこうとしていました。ですから、僕から言わせてもらえればコーチングの責任だと思っています。同じようなミスが続いたのは選手のせいではありません。僕がそこを改善できなかったということです。
今シーズンは途中から自分のコーチングスタイルを少し変えたのですが、そこからうまくいかなくなりました。昨シーズンであれば『絶対に(チームを)変えないといけない』という一心で、僕が納得するまで突き詰めて絶対に妥協することなくやり抜きました。ただ、今シーズンはそのスタイルをとりませんでした。言ってみれば、僕自身がこだわりを持てなかった、ということです」
──選手間で活発にディスカッションが行われていたシーズンだったと聞きました。選手たちに主体性を持たせる意図があったのでしょうか?
「主体性を持たせるにしても(コーチ陣がチームにとって)正しいものを提示しないといけないわけです。それに、今まで選手に主体性がなかったかと言われれば、そうではありません。グラウンドの中では選手が判断していかなければならないわけですからね。
ただ、強いチームほど選手が『勝つために何が必要か』ということ、つまり勝ち方を知っています。だから自分たちの基準が高く、コーチが何か影響を与える以前に選手自身が成熟しているわけです。そういうカルチャーがあるからこそ、チームの中で問題を察知して解決していくことができるのです。
もちろんイーグルスの選手がそうではない、という意味ではありません。ただ、今のイーグルスはコーチ陣が(選手に求める)基準を示さないといけないチームですし、今シーズンに関して言えば僕自身がそこにこだわれなかった、ということだと思います」
■僕が正しいコーチングをできなかったということ

──そんな今シーズンでしたが、特に印象的だった試合を挙げていただけますか?
「僕は勝った試合よりも負けた試合の方が常に強く印象に残っています。なかでも初戦(昨年12月22日の第1節)の東芝ブレイブルーパス東京戦ですね(21-28で逆転負け)。ただ負けた試合ではありません。勝ちを逃した試合でした」
──イーグルスの試合の入りは素晴らしく、16-7とリードして試合を折り返しました、
「あれは絶対に勝たなければならない試合でした。そして、そこで出た課題が最後まで改善できなかった、そんなシーズンになりました。あれだけリードしていて(最大16点差)、後半に(相手に3トライ)獲られたのは、正しいコーチングができなかった、ということです」
──その後も、特に試合の最後をいい形で締められずに負ける、という試合が続発しました。
「相手にボールを持たれたら守り切れない、ずっとそのパターンでした。それを改善できないのは僕の責任だとわかっていましたが、それでも改善できなかったということです」
──その一方で3月2日(日)の第10節、33-22で逆転勝利を収めた東京サントリーサンゴリアス戦は快勝と言っていい試合内容でした。

「あの試合もイーグルスが特別よかったわけではありません。今振り返ってみると、BKのスキルも(FWの)セットピースも僕が考えていたほど成長させられなかったですし、昨シーズンと比べてそれらがよくなったかと言えば、そうではなかったと思います」
──CTB梶村祐介キャプテン、SHファフ・デクラーク選手など、主力に負傷者が続出したことも影響しましたか?
「僕たちは与えられた戦力で戦うのみですから、それは大きな要因とは言えません。その戦力の中で、例えばラインアウトでマイボールをキープできないとラグビーにならないですし、チャンスのときにしっかりラインアウトが取れていたら守り切れた試合もありました。そういうところがうまくいきませんでした」
──梶村キャプテンの話では、今シーズンはセットピースからの3フェーズクオリティが大幅に落ちた、ということでした。
「ラインアウトが取れていなかったから、まさにそうなったわけです。どのチームも同じですが、ラインアウトが安定しなければ当然そうなります。もしラインアウトが取れなくてもそこから仕掛けるパターンを作って何とかカバーしていたのですが、それでも大事な場面でマイボールをキープできなければやはり勝てません」
■今後もさらにいいチームになれるようにがんばってもらいたい

──まもなく納会が始まります。退任する沢木監督ご自身のチームへの思いを聞かせてください。
「いい5シーズンでしたし、ある程度はイーグルスのカルチャーを築くことができたと思っています。今後もさらにいいチームになれるようにがんばってもらいたいです」
──最終節の東芝ブレイブルーパス東京戦の後、引退する嶋田直人選手に続いて沢木監督も胴上げされました。
「勝ってもいないのに恥ずかしいな、という気持ちでした。今シーズンのリーグワンで一番早く胴上げされた監督なのではないでしょうか」
──とはいえ、選手は一様に沢木監督を慕っていたと思いますし、感謝の意味合いの強い胴上げだったのではないでしょうか?
「イーグルスへ移籍してきた選手も、ずっとイーグルスでやってきて僕と初めて会った選手もそう思ってくれているとすれば、コーチ冥利に尽きます。これからも『あの人とラグビーをやりたい』と思ってもらえるようなコーチを目指していきたいと思っています」
──今後もコーチングの仕事を続けていく、ということですね。
「すぐにやるかどうかはわかりませんが、これからも続けるでしょうね」
──新たな環境でのご活躍を楽しみにしています。5シーズン、ありがとうございました。
このインタビューの直後に発表された沢木監督の退任コメントは「Love for the Eagles」で締めくくられていた。文中でも触れた第10節の東京サントリーサンゴリアス戦の週にチーム内で共有されたフレーズだが、その「チーム愛」こそが過去5シーズンのイーグルスにとって進化の源となったと言えるのではないだろうか。
常に選手たちに向き合い、より高いレベルを求め、厳しい姿勢で臨み続けた沢木監督こそ、実はイーグルスで最も「愛」を深めていた一人だったのかもしれない。沢木監督が残したチーム愛、カルチャーは今後もイーグルスの中で生き続けていくことだろう。
(取材・文/齋藤龍太郎)