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2026.04.10
INTERVIEW

WTB生田弦己選手 インタビュー

「WTBとして走ってトライを獲るのが一番気持ちいい」

大学日本一3回、花園準優勝1回。全国大会で数々の歴史を作ってきた期待のWTBが横浜キヤノンイーグルスの門を叩いた。生田弦己。ラグビーの名門・帝京大学での活動を1月で終え、2月にアーリーエントリーされたばかりの22歳だ。

U20日本代表としても活躍した同世代屈指のフィニッシャーにとって、イーグルスの拠点であるキヤノンスポーツパークがある東京都町田市は生まれ育った地元だ。そんな我が街のチームから声をかけられ、練習に明け暮れる日々について生田はどのように感じているのだろうか。

これまでのラグビー歴や将来的なビジョンまで、彼の現在、過去、未来に迫った。

(取材日:3月10日)


■キヤノンスポーツパークの人工芝グラウンドで練習していたスクール時代

──ここキヤノンスポーツパークの近くのご出身だそうですね。

(2015年イーグルスカップ6年生の部でMVPを受賞 イーグルスHPより)

「はい。町田市です。スクール(多摩R&Bジュニアラグビークラブ)では下にある人工芝グラウンドで練習させてもらっていました」

──そんな地元でラグビーを始めたきっかけをお教えください。

「もともと体を動かすのが好きで、幼稚園のころ体操クラブに入っていました。その後サッカーや野球をやってみたのですがそこまでのめり込めず、ラグビーをやっている方に紹介してもらってラグビーをやってみたらハマりました。それからずっと続けています。CTBやWTBなどボールを持って走るポジションがほとんどです」

──当時から走るのが好きだったのですね。

(写真:本人提供)

「はい。活発すぎる子どもで(走ることだけでなく)人とぶつかるのも好きでした。普通なら怒られますが、ラグビーなので逆に褒めてもらいました(笑)。コリジョンで相手を倒したらみんなから認められて、評価が上がっていきました」

──ラン以外のスキルも身についていったのでしょうか?

「小学生当時はただボールを持って走るだけでしたが、中学、高校、大学、なかでも高校1年生のころにパスの大事さを学んでスキルを磨きました。先輩たちからたくさん教えてもらい、人並みにはパスできるようになったと思います」

──トッププレーヤーになろうと決意したのはその年頃ですか?

「小学校時代から『トップリーガーになりたい』とは思ってはいましたが、正直なところ『なれたらいいな』程度で、中学生時代も『まずは強豪校に行って活躍できたら』、その後も『いずれはトップリーグに行けるチャンスがもらえたら』くらいの思いでした。ただ、当時はオールブラックス(ニュージーランド代表)のWTB/FBネへ・ミルナー=スカッダー選手やCTBマア・ノヌー選手のプレーがかっこよくて憧れていました」

──日本国内にも憧れの選手はいましたか?

「以前に花園(全国高校ラグビー大会)を見ていて、竹山晃揮選手(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ。御所実業高校と帝京大学の先輩に当たる)のプレーが『かっこいいな』と思っていました。しかもジャージーが上下黒で好きなオールブラックスみたいで、そんな単純な動機もあって御所実業に行きたいと考えるようになりました。実際に竹田寛行先生(御所実業高校ラグビー部監督)にお会いして『ぜひこの方に教わりたい』と思ったことが決め手になり、入学して3年間の寮生活が始まりました」

──花園には3大会連続出場しました。

(写真:本人提供)

「花園でプレーすることが目標でした。1年生でその機会をいただき、結果は準優勝でした。それからは目標が優勝に変わり、最終的にそれを成し遂げることはできませんでしたが、ラグビーだけでなく人として大事なことを学び、ものすごく成長させていただきました。そして個人としては『さらに高いレベルを目指す』という目標を立てるようになりました」

──選手として、そして人として大きく成長したわけですね。

「最終的なポジションはCTBでしたが、先ほど触れたパスの大切さを学んだ3年間でもありました。自分一人ではなくチームで行くことの大切さも学びましたね。その意味でも3年間の経験は本当に大きくて、それがなければもっと一人よがりなプレーをしてしまっていたと思います」

■「折れない・逃げない・負けない・あきらめない」という精神力が身についた

──進学先は地元からほど近い帝京大学でした。入学から3年生まで3連覇、チームとしては4連覇を達成しました。

「大学3年の春シーズンの終わりくらいにCTBからWTBに本格転向しました。高校2年時にもWTBをやっていましたので初めてではなかったのですが、WTBでプレーするにあたってはそれまでのCTBの経験が本当に役に立ちました。(CTBからの)パスをもらうタイミングはもちろんWTBとしてボールをもらいやすい位置など、それまでのいろいろな経験が生きたと感じています。そして自分はやはり自分でボールを持って走るのが好きなんだなと再認識しました」

──アタックだけでなくディフェンス面も成長したのでしょうか?

「高校時代もタックルはできる方で、ディフェンスのよさを評価していただいて使ってもらっていたのですが、大学ではひとつ上の先輩たちがディフェンスのことをたくさん教えてくれました。もともとタックルに入るのは好きでしたが、大学で一段と成長できたと思います。それでも自分はそれ以上にアタックが好きですね。WTBとして走ってトライを獲るのが一番気持ちいいです」

──3年生まで連覇を続けたものの、最終学年は全国大学選手権4強でシーズンを終えることになりました。

「周りから『お前に託したぞ』と言ってもらったのに(全国大学選手権の準決勝で)負けてしまいました。自分たちの代ですから最高の結果で終えられなかった悔しさはもちろんありますし、試合に出られなかった選手や後輩たちにも申し訳ない気持ちでした」

──大学時代にはすでにリーグワンがスタートしていました。そこでプレーすることは現実的な目標に変わっていたのではないでしょうか?

(写真:本人提供)

「もちろんリーグワンに行きたいという思いは変わらずありました。同時にレベルが高いステージだとも考えていましたので、そういう(国内トップレベルの)選手を目指すことを目標に据えてやっていけば(リーグワンのチームから)声をかけてもらえるだろうと思っていました。帝京のWTBにはすごい選手がいて、特に日隈太陽(トヨタヴェルブリッツ)からはいい刺激をもらっていましたので、まずは大学ラグビーで通用する体づくりをしっかり取り組み自分自身を磨くことに集中しました。想像のはるか上を行くハードな4年間でしたが、折れない、逃げない、負けない、あきらめないという気持ちが強くなり、自分の力になったと感じています。4年間で一番伸びたのは精神力でした」

■ゴールはなく行けるところまで行きたい

──悔しい終わり方になった1月からの切り替えは難しくはなかったでしょうか?

「2月7日にイーグルスの一員としてアーリーエントリーしていただき、9日から練習に入りましたが、気持ちの面の切り替えはうまくいったと思います」

──身近な存在だったイーグルスへの加入が決まったとき、どのように感じましたか?

「小学生のころからお世話になってきたチームにお話をいただいて直接的な形で力になれるということになって、とてもうれしかったです。地元のチームという意識が強かったのでなおさらですね」

──実際に入ってみて、今の練習や環境などをどう感じていますか?

「小学生当時から見ていた選手たちに混じって練習していますので不思議な気持ちもあるのですが、こうして機会をいただいたので『チームの力になれるように一日一日を大切にしながらがんばろう』と思いながら練習しています。やはりレベルが高いですしお手本にしたい選手がたくさんいますので、直接そういう選手たちを見ながら日々吸収させてもらっています」

──生田選手がこれまで培ってきた様々な強みのなかで、今どのあたりが生きていると思いますか?

「向上心ですね。帝京で鍛えられた精神力に基づく、上を向く気持ちです。たとえば試合に出られないなど自分が置かれた状況はさておき、どんなときでも常に上を目指しています。もちろん今も誰にも負けたくないですが、それでも試合に出られないのなら原因は自分にありますので、これからも自分を磨き続けていつかは試合に出られるようにしたいです。もしチャンスをいただけるなら早くリーグワンデビューしたいですが、すぐにではなくても自分を日々最大限鍛え続けることが大事だと考えています」

──コーチ陣からはどのようなことを求められていますか?

「レオン(・マクドナルド)ヘッドコーチとはまだそこまで話ができていませんが、エドさん(エドワード・ロビンソン アシスタントコーチ)からは『まずはしっかり慣れるように』と言ってもらいました。今はそれが大事だと思いますので、先輩方とコミュニケーションを取って関係性を築きながらチームになじんでいきたいです」

──特にお世話になっている先輩はどなたですか?

「よく声をかけてくださるのはFB普久原琉さんですね。あと順平さん(FB/SO小倉順平)も溶け込みやすい環境を作ってくださっています。ちなみに旭くん(SH土永旭)はもともと知り合いです。そして同期とはみんな近くに住んでいて、仲よくやっています。航生(FB武藤航生)はU20日本代表でも一緒でした」

──公式戦デビューするという直近の目標以外に、将来的なターゲットもあればお聞かせください。

「ゴールはないと思っています。イーグルスで試合に出られたから終わり、ではなく、もし日本代表に選んでもらえたらそこで終わり、ということでもないので、行けるところまで行きたいです」


目指す先にゴールはない、行けるところまで行きたい──。それは自身の可能性が無限大であると心から信じているからこその希望に満ちた言葉と言えるだろう。旧知の仲間たちやチームの歴史を築いてきた先達とともに、生田弦己は今日も目を輝かせながらグラウンドをひた走る。

(取材・文/齋藤龍太郎)

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