「いい環境を残していくことが先に旅立つ選手の責任」

HO川村慎。横浜キヤノンイーグルスで3シーズン、移籍前を含め計15シーズンもの長きにわたり現役生活を続けてきたチーム最年長のベテランが、リーグワン2024-25シーズン終了後の5月、ラグビー選手としてのキャリアにピリオドを打った。
長年培ってきた経験を武器に、プレーのみならず言葉や行動でチームを盛り立ててきたムードメーカーは、イーグルスで公式戦20試合に出場。今シーズンは1試合出場にとどまったが、最終盤の極めて大事な一戦に先発出場し、それが現役最後のプレーとなった。

思考の言語化の達人でもあるベテランは、自身の引退、これまでの現役生活に今、何を思うのか。シーズンを締めくくる納会を終えた川村に話を聞いた。
■アスリートは社会に対して還元していく存在でなければならない

──引退を決断されたとうかがいました。
「はい、間違いないです。でもそんなに重たいことではありません。毎年のことですが、シーズンが終わってどのチームからも声がかからなければいつでも辞めようと思っていました。イーグルスも契約満了で更新はしないということになり、必要としてくれるチームが他にあれば、という状況でしたがそれもなく、もう『やり切った』という思いです」
──NECグリーンロケッツ(東葛)で12シーズン、イーグルスで3シーズンという長い現役生活でした。
「その前に一度、博報堂に入社して、その後またラグビーの世界に戻ってきた時に『トップレベルでラグビーをやっていないと僕の中では満足できないんだな』と感じたので、そういう携わり方ができなくなったら辞めよう、と自分の中では決めていました。イーグルスでも毎年『辞めるんだろうな』と思いながら毎シーズン、一瞬一瞬を過ごしていたので、今はめちゃくちゃやり遂げた気持ちです」
──グリーンロケッツでも4強(トップリーグ2011-12シーズン。3位)に貢献しました。
「はい。ただ、その後はチームを浮上させることができないシーズンが続き、申し訳なさとふがいなさを感じていました。そういう意味では苦しいキャリアだった反面、試合に出させてもらっていたので恵まれてはいました。イーグルスでは沢木さん(沢木敬介監督)の体制がうまくいっている上り調子の最中に『必要だ』と言われて拾ってもらって、入って1年目と2年目の2回もベスト4に入りました。間違いなくイーグルスで僕のラグビーキャリアのハイライトと言える時間を過ごしました。間違いなく救われた3年間でした。
今シーズンは8位でしたが、結果はコントロールできません。むしろ、そこに対してのアプローチやプロセスに満足感を感じていましたし、感慨深いものがありました」
──グリーンロケッツとイーグルスの両方でベスト4に貢献できた、という感慨もありますか?
「貢献できたのかどうかはわかりませんが、そういう経験ができないままラグビーを辞めていく人たちがいる中で、貴重な体験ができたことは確かです。ですから『自信を持っていいのかな』という思いはあります。こうして去るチームに何を残せたのかは自分ではよくわからないものですが、そこにいる選手たち、ひいてはラグビー界全体に言えることとして、ラグビーを続ける後輩たちにとって一番いい環境を残していくことが先に旅立つ選手の責任だと思うので、そういうことを意識しながら常にプレーしていました」
──以前は日本ラグビーフットボール選手会の会長を務めていましたが、やはり選手たち、そしてラグビー界のことを常々考えてきたわけですね。
「偉そうな視点から話すつもりは全くないのですが、自分が社会人からラグビー界に戻ってきたことを考えると、アスリートは自分の好きなことをしながら食っていけるという恵まれた環境にいるんです。それはプロ選手も社員選手も関係なく、です。そういう『当たり前じゃない』という思いを念頭に置きながら自分のラグビーのパフォーマンスの向上にフォーカスできるのは幸せなことなんだ、と分かってほしいという思いはありました。
そして、ただ与えられる側にいるだけではなく、社会に対して還元していく存在でなければなりません。アスリートはそういう存在なんだ、という視点をキャリアを重ねていく中で持っていました。それを実践して呼びかけていくことが、自分がラグビー界に戻ってきた意味なのではないか、と仮定してここまで過ごしてきました」
■グラウンドに立ったこと自体がすごく幸せだった

──今シーズンはなかなか出場機会を得られないままシーズン終盤を迎えましたが、2試合連続で勝ち点5を獲らないとプレーオフトーナメント進出の望みが断たれるという状況で、5月4日、第17節のコベルコ神戸スティーラーズとのホストゲームで先発。ついに出番が回ってきました。
「うれしかったですが、個人的には(2023-24シーズンのプレーオフトーナメント3位決定戦以来)約1年ぶりの公式戦だったので緊張しましたし、『引退するだろう』という感覚を持っていたこともあって、エモーショナルになる条件が整い過ぎていました。そういう興奮を抑えるのにかなり力を要した試合でした。もちろん出ていなかったメンバーに申し訳ない結果でしたし(29-47で敗戦)、もっとチームに貢献できるプレーができていたら、という反省はありましたが、自分のキャリアという観点では最後の最後にボーナスをもらったような気がします」
──清水建設江東ブルーシャークスとの練習試合(4月19日)に先発出場していましたが、公式戦は約1年ぶりという意味ではいかがでしたか?

「今のリーグワンは年々レベルが高くなっているな、とあらためて感じました。もちろん自分もそこに身を置いている以上もっと努力する必要がありましたが、グラウンドに立ったこと自体がすごく幸せでしたし、あれだけの観客の前でプレーできるリーグに身を置けているという環境に対してだけでも感極まってしまうほどでした。それくらい幸せな時間だったと言えます」
──スティーラーズ戦の1節前の第16節(4月27日)、静岡ブルーレヴズ戦でHOの庭井祐輔選手と中村駿太選手がともに脳震盪になりました。ご自身に出番が回ってくる可能性は考えましたか?
「どうなるか不透明でしたが、もしかしたらそうなるかもしれない、ということは試合の前の週に言われていました。僕自身も常に準備はしていましたが、最後にメンバーに選ばれるとしたらこの試合だな、と思いながら1週間準備しました」
──Xのアカウントでは毎節メンバー発表のたびに
「さぁさぁさぁさぁ」というコメントをつけて投稿するのがおなじみでしたが、それをご自身に向けるスティーラーズ戦となりましたね。
「あれは主にファンのみなさんに向けた『行きましょう』という意味合いを込めた投稿でしたが、(先発が決まった)スティーラーズ戦に関しては僕を応援してくれている方々にとって喜ばしい情報だと思い、僕自身を焚きつけながら発信しました」
──スティーラーズ戦でリザーブに入った、同じHOの平石颯選手は14歳差の後輩です。

「それだけ世代が離れているのに同じ場所で一緒に成長していけるのはありがたいことです。お互いにいい刺激になりましたし、単純にいい環境にいるなと思いました。颯はこれから伸びていく選手で、伸ばしていかないといけないタイミングですから、どんどんハングリーにやっていってほしいです。もちろん僕は同じポジションを争う仲間として彼に挑んでいく必要がありましたが、それだけではなく自分が培ってきたものを彼に落とし込まないといけないと考えていました。それをしながらのコンペティションは、難しい面もあればすごく楽しい部分もありました」
■イーグルスというチームでキャリアを終えたからこそ幸せな旅だった

──川村選手と一番付き合いが長いのは、グリーンロケッツ時代もチームメイトだったSO田村優選手です。お二人の間で何か言葉を交わしましたか?
「はい。最後に(インタビューの直前の納会で)優と話しましたが、これまでの感謝に加えて『今後もがんばって』、『これからもよろしく』といったことを伝えました。もちろん今生の別れではないですから、外国人選手がよく言う「Keep in touch(連絡を取り合おう)」というやつですね」
──田村選手らとともに、トップリーグからリーグワンに変わっただけでなくレベルも年々向上する、いわば時代の転換点の中で長年戦ってこられました。あらためて、この15シーズンはどういう時間でしたか?

「難しい質問ですね(笑)。でも、幸せな旅だったことは間違いありません。でもそれは最後にイーグルスというチームでキャリアを終えたからこそそう思えているのだと感じています。ここで出会えた仲間、チャンスをいただいた沢木さんや(前GMの永友)洋司さんの存在、といった環境があったからこそです。(キャリアにおいて)ハイライトとなった3シーズンをここで過ごせたことが自分の救いになりました。
もちろんグリーンロケッツで過ごしていた日々も楽しかったですし、素晴らしい仲間たちに恵まれたのですが、ラグビーキャリアとしては望んだものではない12シーズンだったので、その後イーグルスで最後にボーナスタイムをもらって、旅の最後を締めくくれました。あらためて幸せを感じています」
──社会人経験も、今となっては代え難い経験でしたか?
「慶應(義塾大学)を出て『ラグビーを辞めます』と素直に宣言して社会人になっていたら今のような人間には絶対になっていないと思います。苦しい時期を過ごしたり、思い通りにいかない環境に長くいる、ということを人生の中であまり経験してこなかったので、それを経験できたことで人として成長できましたし、今の自分が好きだと心から言えるような人格になれたので、ラグビーを通して成長させてもらった、というのが今の率直な思いです。仲間という財産も得ましたし、これ以上に素晴らしい旅はなかったのではないかと思います」
──明日はサポーター感謝祭があります。
「みなさんのおかげでイーグルスが成り立っている、ということへの感謝をしっかりとお伝えしたいですね。そして引き続き素晴らしいチームであり続けることを願っていますので、今後は僕もサポーターのみなさんと一緒にイーグルスを支えていきたいですし、みなさんにも支えていってほしいと思います」

HO川村慎は「幸せでした」と幾度も繰り返した。いつかは来る引退と隣り合わせのシビアな選手生活の中で、川村は人一倍大きな幸せを感じていたのだ。
いい環境を残していくことが先に旅立つ選手の責任
──その意識を持ちながらキャリアを重ねていくことは容易ではなかっただろう。しかし、今後もプレーを続けるイーグルスの選手たちは先人たちが残したレガシーを受け継ぎながら、次の時代を作っていく。そこにこそ川村の有形無形の貢献が、間違いなくある。
(取材・文/齋藤龍太郎)