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2022.09.25
INTERVIEW

HO川村慎選手インタビュー

HO川村慎選手インタビュー

HO川村慎選手インタビュー

「経験値でこのチームのベースラインを押し上げる」

NECグリーンロケッツ東葛で12シーズンを積み重ねたベテランが、横浜キヤノンイーグルスへと活躍の舞台を移した。HO川村慎。慶應義塾大学卒業後は一度ラグビーから離れたものの再び楕円球を追いかけ、トップリーグとリーグワンで長年プレーし続けている。

オンフィールドにとどまらず、日本ラグビーフットボール選手会をはじめとする活動やファンに向けての情報発信など、幅広い分野でアクションを起こし続けている川村。選手としてパフォーマンスを上げチームに貢献することはもちろん、それ以外のことにも注力し続けるのはなぜなのか。

35歳にしてイーグルス1年目を迎える川村がイーグルスの一員として第一歩を踏み出した今考えていること、今季のターゲット、そして今後の展望などについて聞いた。

(取材日:2022年9月16日)




■35歳で自己最高記録「長く現役を続けていてもパーソナルベストが出せるんだ」

──7月15日に移籍が正式発表され、8月からイーグルスで始動しました。

「まずはフィットネステストからがんばってやらないと、と臨んだところ、ブロンコテストでPB(パーソナルベスト)を出すことができました。こんなに長く現役を続けていてもPBが出せるんだなと思いましたし、うれしかったですね。グリーンロケッツでもそうでしたが、イーグルスでもがんばっている周りのみんなの存在が僕の力になっています。新しい環境は新鮮で、非常に充実した日々を送っているところです」

──ご出身は東京都調布市ということで、キヤノンスポーツパークとは比較的近いエリアです。

「帰ってきた、という感覚がありますね。京王線沿線も懐かしいです」

──調布市の小学校を卒業していますが、ラグビーを始めたのは香港なのですね。

「父の仕事の関係で2年間ほど香港で生活していました。香港はご飯がおいしくてブクブク太り出したので親が『スポーツをさせなければ』と考えたらしく、小2の時に香港フットボールクラブに入りました。それがラグビーを始めたきっかけです。日本に帰ってからは府中ジュニアラグビークラブで中3までプレーして、中学校ではバスケットボール部に所属していました。テニスをやっていたこともあります」

──スポーツが大好きな少年だったんですね。

「どのスポーツもおもしろかったのですが、高校に入る前に『いろいろなスポーツを片手間にやっていてもよくない』と思うようになりました。勉強をしながらラグビーもできる環境を探していたところ上田昭夫さん(元慶應義塾大学ラグビー部監督)からお話をいただき、慶應義塾高校に入ってラグビーに専念すると決めました」

──それが一つの転機となり、後に慶應義塾大学でも活躍されますが、卒業後の進路はトップリーグのチームではなく広告代理店でした。

「ラグビーは大学の4年間で燃え尽きて終えたいと思っていましたので、就職活動して博報堂に入社しました。博報堂にもラグビー部はあるのですが僕としては『仕事したい』という思いが強く、片手間にラグビーをしたくはなかったのであくまで仕事に集中しました。業務自体は楽しかったですし、素晴らしい仕事だと感じてはいたのですが、数か月後にもう一回ラグビーがやりたいと思うようになり、元々お話をいただいていたグリーンロケッツに入ることになりました」

──新たなラグビーキャリアがスタートし、グリーンロケッツでは12シーズン活躍されました。

「12年ですか。長いですよね(笑)。グリーンロケッツでは『このチームを強くしたい、自分のキャリアをいいものにしたい』という思いでずっとプレーしていました。2年目にはベスト4(トップリーグ3位)になるなどいい時代もあったのですが、そこからは上り調子になれないシーズンが長く続き、試合に出られない時もありましたので、僕の中ではとても苦しい12年間だったと言えます。それでもいい仲間に恵まれ、出会えた人たちのおかげで今の自分がいますので、人間的な成長という意味でもグリーンロケッツに入って本当によかったと思っています」

──そんな12シーズンを経ての今回の移籍は、難しい決断ではなかったでしょうか?

「実はプロ選手になることをずっと希望していたのですが、グリーンロケッツはプロ契約ができないチームでした。それでも移籍しなかったのはこのチームを上向かせてから出て行く、という思いがあったからです。新リーグ(リーグワン)が始まるタイミングでグリーンロケッツもプロ契約がOKになりましたので昨シーズンはプロ選手としてプレーさせてもらったのですが、次のシーズンは川村とはプロ契約を結ばない、という通達がありました。その後、いろいろなチームからお声掛けいただく中で、一番レベルの高いところで選手として活動できるイーグルスに入ることになったのです」

■「知識や考えを若いHOに伝えたい」と同時に「どの選手にも負けたくない」

──イーグルスで実際に練習してみて、どんなチームだと感じていますか?

「今までは周りにベテラン選手がいましたがイーグルスではすでにチーム最年長なので、やはり若い選手が多くフレッシュなチームだと感じています。それだけではなく、新しく入ってきた僕をちゃんと受け入れてくれる素晴らしい選手ばかりです。沢木(敬介)さんが監督に就任してから急速に力をつけており、優勝を狙うべく真摯にトレーニングに取り組むみんなの姿勢に刺激を受けています」

──何度も対戦してきたイーグルスに対して、イメージの変化などはありましたか?

「スピーディーな現代ラグビーをしているチームだなと感じるようになりました。年を追うごとにその感覚が徹底されていると感じてきましたし、実際にイーグルスに入って『だからあのようなラグビーができているのか』とあらためて痛感しました。ベスト4に入って優勝を目指す、いわば"化ける"瞬間を迎えようとしているチームに入れたことにワクワクしていますので、そのきっかけになれるように尽力していきたいです」

──グリーンロケッツのチームメイトだったSO田村優選手は1年違いの後輩に当たります。

「優に『イーグルスに入ることになるよ』という話をしたら『マジですか。慎さん、来るんだ。いいじゃん』と言っていました(笑)。グリーンロケッツで6シーズン一緒にプレーして、イーグルスへ移籍した後も優の活躍はずっと見ていましたが、優がいるチームに行くことになるとは思ってもいませんでした。今も日本代表の活動で忙しいのに『お茶しに行きましょうよ』と言ってくれていますし、優とこうして再会できたのはすごくうれしいです」

──他にも過去に接点があった選手やスタッフはいますか?

「永友洋司GMは僕が関東代表だった時の監督で、選手会の活動でもいろいろとお世話になりました。慶應の後輩の和田拓(現イーグルス育成・業務担当)もいますね」

──これから苦楽を共にすることになるイーグルスのHO陣についてはどのように見ていますか?

「ずっと庭井(祐輔)くんが出場しているイメージはありますが、他の若い選手も上手く、強く、リテラシーもありますので、どの選手もいい準備ができていると感じています。そこに僕が上乗せできるものは経験値です。トップリーグ時代から100試合近く公式戦に出場してきた経験から得られた知識や考えを、特に若いHOに伝えていきたいですね。それがきっとこのチームのベースラインを押し上げることにつながると考えています。もちろん2番、または16番のジャージーを着て試合に出場することを目指していかないと話になりません。どの選手にも負けたくないですし、がんばりたいです」

──HOとして、沢木監督からはどのようなことを期待されていると感じていますか?

「監督には『ベテラン、いけるの?』『ベテラン、大丈夫?』『ベテラン、PB出したの?』とよく言われています(笑)。もちろんイーグルスの一員としてやらなければいけないことはいろいろありますが、この年齢の選手を迎え入れたということは、セットプレーでこうしてほしいといったこと以外にも、グラウンド内外を問わず潤滑油になれるコミュニケーターのような部分を期待されているのかなと思っています。長く生きているぶん上手く喋れますし、それがコミュニケーションにおけるクッションになることもありますので、それによってこのチームが上手く回ればいいと考えています」

■開幕に向けて「とてもポジティブな気持ち。今からワクワク」

──現役選手としての活動と並行して、日本のラグビーのさらなる発展や普及を目的に設立された日本ラグビーフットボール選手会では副会長を3年、会長を2年務め、今年退任されました。その間にはラグビーワールドカップ日本大会、新型コロナウイルスの感染拡大、リーグワンの開幕など大きな出来事がありました。

「怒涛の日々でした。リーグとの打ち合わせや各チームの方々への説明など任期中は大変でしたが、もちろん大切な活動です。なかなかできない経験をさせてもらいましたので非常に勉強になりましたし、やってよかったと思っています。リーグワンが目指しているビジョンに対して僕たち選手側も当事者意識を持って貢献していく必要がありますし、その意味でも選手会の存在は非常に重要だと思っています」

──こうした活動に加えて、川村選手個人としても様々な活動や情報発信をしています。

「noteで自分の思いを綴ったり、クロストークの配信などをしています。そもそもそういうことが好きだったこともありますが、プロ選手として自分の価値を高めていく目的もあります。僕自身も書いたり話したりしていると自分の考えていることや課題が整理されていきますので自分のためにやっていることでもあるのですが、それを続けていく中でファンの方々に届けば、一つのコンテンツとして楽しんでいただけるとありがたいです」

──ラグビーのプレー以外でも多忙を極める中、今季はどのようなシーズンにしたいと考えていますか?

「順位で言えば大きくジャンプアップしたチームに入りましたので、まずはイーグルスの文化をしっかり学ぶことと、それに対して自分がどれだけ貢献できるか、そこにフォーカスしていきます。加えて、その中で自分のカラーと強みを出していくことが求められていますし、やらなければいけないと思っています。僕自身とてもポジティブな気持ちですし、今からワクワクしています」




川村慎が目指すのは選手としての成長のみならず、チームの成長だ。ブロンコテストの結果にはHOとしてさらに自身を高める決意が、経験から得た知見を次代の若手に惜しみなく伝えようとする姿勢にはチームマンとしての覚悟が、それぞれ表れている。

終始的確な表現を駆使しながらインタビューに応じた自他ともに認めるコミュニケーターは、ピッチでもピッチ外でもその能力を活かしながら、イーグルスのステージを押し上げるべく研鑽し続ける。

(インタビュー&撮影:齋藤 龍太郎)

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